武田俊

2020.12.8

空中日記 #028|わさび、目を閉じれば清流。

10月19日(月)

短歌づいて買ったまま積んでいた歌集をいくつか出してめくる。柴田葵『母の愛、僕のラブ』、山階基『風にあたる』など。

オンプラ、今日もブロンプトン。だいぶこの自転車のことがわかってきた。折りたたみ機構の関係から、シートポストとペダルの位置関係があまり好ましくない位置になってしまいがち。なので引き足がまったく使えないのだ(フラットペダルでも擬似的な引き足は使えるのだ!)。だので、サドルを下げて相対的に前傾姿勢を実現させることで、少し引き足を使えるように調整してみる。いい感じ。今日は御苑横のレストランはしまっていた。くささはそのままだった。銀杏にしてはあまりにも生々しい汚物感がある。くさいのにくせになる。いったいなんのにおいなんだろう。

ゲストはROTH BART BARON三船くん。BONUS TRACKでのフリマには三船くんは来られず、武田はライブに行けずすれ違う二人なのでした、みたいなオープニングトーク。まだ聴き込めていないけど、新しいアルバム『極彩色の祝祭』はすばらしいできだと思う。これまでの情景的な三船くんのメタファーやイメージを巧みに使って、社会情勢やそれに伴うムードから連想されるように記されてきた詞は、よりシンプルな形で情を込められて歌われている感じがする。コロナによる社会の変化が、ストレート(といってもその球質にはクセがあるけれど)に近い言葉を紡ぎ得るようになったのか、そんな話をした。リモート収録のもったいなさは対面できないのもあるけれど、CMのあいだになんでもない話ができないところ。それをいつもさびしく思っていたら、三船くんはホワイトボードを用意していてCMがはじまったところで「げんき?」と書いて聞いてくれた。ぼくは全力のサムズアップで返す。

帰宅。寝る前、Kindleで武田百合子『犬が星見た』の再読。

 

10月20日(火)

今日は11時過ぎまで寝れた。それでも5時間くらいかあと思う。っていうか時間というよりこれはジェットラグ。毎週海外出張行ってる感じで、いまだに慣れない。だいたいそのあとウツっぽくなるけど、久々にじゅんこがいるから楽しい気持ち。

約束していた通りBONUS TRACKまでふたりで行ってみる。自転車を使うのはこわいので、20分強のお散歩にする。傷にさわらないか不安で、ゆっくりと歩く。ADDAのカレーを食べる。チキンとぼくはキーマを選び、じゅんこはフィッシュとポテトのカレー。複雑系のおいしいカレー。上質で手の混んだスパイスカレーは、入ってるスパイスの種類はなんとなく想定されても、その香りやうまみの根源が消えていくような絡み合いかたをしているから、量などぜんぜん想像できない。毎日食べたい味。添えられていたナスのなんちゃらがとってもおいしい。もっと勉強していきたい。そうしたら食べた時に理解できる味の解像度、もっと上がるのだろう。

fuzkue下北沢をのぞくと阿久津さんのニットキャップ頭のうしろがわが見えたらから、トントンしてあいさつ。取り置いてもらっていた、山口慎太朗ことファイヤーダンス失敗くんの、『誰かの日記』を買わせてもらう。これは山口くんが昨年noteに毎日書いていた架空の人物の日記。はじめのころいくつか読んでいて、これは良いプロジェクトだなあと思っていたら、自分で本にしたとのことで読みたいと思っていたのだった。

そのまま出かけてもよかったけど、もう外出はじゅうぶんという気持ちになって戻る。笹塚の紀伊国屋で近藤聡乃『A子さんの恋人』最終巻と益田ミリ『今日の人生』の2つめ、都留泰作『竜女戦記』1、2巻を買う。てきとうなおやつも買って、なぜか今年はリビングに出してしまったこたつに二人で足を突っ込んで読むやつをやった。『竜女戦記』、今年読んだ漫画の中でダントツにおもしろい。著者は文化人類学者。架空の歴史もので、世界観の設定や建築物、衣装など生活の細部に様々な国の文化的なエッセンスがちりばめられまくっている。ルーツが理解できるものもできないものもあって、できないものがあるのが楽しい気持ちに導いてくれる。じゅんこはA子さん読んでいる。ふたりで「こうしているの、しあわせだねえ、しあわせだねえ」と言い合う。

夜、『誰かの日記」。これはすばらしい本だ!! 存在しない誰かの日記はつまり、断片的な小説のことだった。存在しないにも関わらず、山口くんの細部へ細部へと届いていく目線と描写がすごい。これが小説を書くひとの手つきなんだと思った。自分にはとうていできないような気がするし、でもその上でなんか同じようにやってみたくもなってくる。人にものを書かせたくなる文章ってなんてすてきなんだろう。一気に一月ぶんくらい読んでしまって、もったいないからやめにした。コーフンしてそのまま阿久津さんにLINE。

 

10月21日(水)

「MOTION GALLERY CROSSING」、ゲストを交えてのリアル収録初めての回。津田大介さん、haru.さんをお招きして、この座組でソーシャルメディアについて話すのけっこうおもしろいことになるんじゃないかと思っていて、実際とってもおもしろかった。話が噛み合ったのは、いい形で世代が違っていたのと、それぞれが自らインディペンデントでメディアをつくって運営している人たちだからだ、と途中から感じてた。

しかし4回分いっき録りはやばい!脳が焼ききれそうな感じが久しぶり。もともとぼくは脳のコスパというか燃費が悪い。情報を拾いすぎだからなのだけど(そしてファシリテーションが得意なのはそのおかげでもあるのだけど)、それゆえに長距離走がニガテなのがよく自分でも理解できた。

もっとも長距離走ができてファシリテーションが上手なひともいて、身近なひとだとそれが内沼晋太郎さんなのだけど、おそらく情報の濃淡や強弱を敏感に感じ取ってそれを整理してまとめるのが上手なんだろうなあと思う。ぼくは情報に対して遠景のものも近景のものも等しく拾ってしまうからそれはまるで浮世絵的で、だからこそ繋げられる次の話題もあるんだろうし、そこに突飛な感覚やアイディアを差し込めたりもするのだけど、いかんせん燃費が悪い!

ぐったりしたあと、みんなで飲みに行く。今日は神保町のアリゴ。なんだかこの現場の打ち上げはワインになることが多いなあ。大高さんと一緒に楽しく酔っ払う。長井さんが亀島さんを呼んでくれて、はじめまして。はじめましてっていうのが久しぶりで、それだけで楽しくなってくる。長井さん、飲んでも顔色変わらない。方向がいっしょだったから3人タクシーで帰る。飲んだあと電車で帰るってことがもうできなくなっている。

 

10月22日(木)

体力完全に使い切ってて終日仰臥。ウツでなくエネルギー不足でこうなるのも久々かも。

 

10月23日(金)

まだ体力戻らず。体力の総量が昔より減ったというよりも、回復に時間がかかるようになった感じがする。

16時50分、情報メディア演習B。今日はSNSワークショップの3回目。そうか前回が2回目で、そのときは生徒に担当したサービスのリサーチ結果を報告書としてまとめたもらい、グループごとにプレゼンしてもらうだけで終わってしまったのだった。今日は実際に運用するアカウントのテーマ、方向性、編成などを組んでもらう。手打ちで前回と同じグループメンバーにzoomのブレイクアウトルームを仕分けるのがまじでだるい。世界でいちばんきらいな手作業の類。ロマンなき非効率な単純作業。そのあと部屋をいったりきたりして、学生の質問にこたえていく。全体にアナウンスしたいときはチャットでto allに打つのではなく、ブレイクアウトルームのところからメッセージを打つと「天の声」みたく表示されるからわかりやすいのだけど、ぼくは毎回ホストなので自分ではその「天の声」を体験したことがない。今度新見にやってみてもらおうと思う。

18時半に授業が終わって、残務処理。で、新宿。帰京してるたかくらを囲む会で、松田、ユキタカも参戦。なんなら京都より遠いロンドンからの参加者がいたわけで、むしろユキタカを囲む会みたくなった。途中からマセも参加。新宿で、大衆店で、魚が食えて、知らないところ。という観点から「俺の魚を食ってみろ」って前を通ったところを予約しておいたら、GotoでTポイントがもらえた。行ってみたら少しチャラめの店で、ホールスタッフが2名しかいないのが嫌な予感がしたがだいじょうぶだった。お刺身をひとりずつお重に詰めてドライアイスの煙がそれをまとってやってくる、という玉手箱、たばこ吸いにユキタカと外に出てるあいだに届いて残念。ロンドンはまたロックダウンが行われそうで、ユキタカは予約していたフライトで本当に帰るべきか少し悩んでいた。音楽現場の仕事は、ロンドンではまだとても再開できないから、今回の帰国は事実上の出稼ぎでもあるらしかった。

久々に朝までカラオケ。もう朝まで楽しみ切る体力はないんだなあと実感。ちょっと前まで、人が極を入れている間にもどんどん歌いたいものが浮かんで「何時間いても足りないなあ」なんて言っていたのに。終わってラーメン食べたい勢が結局ラーメン屋が閉まってて、かめやに行く感じになった。ぼくも食べたかったけど、同じ方向のユキタカが腹減ってないとのことで、タクシー拾って帰宅。やっぱりかめや久々に食べたかった。

 

10月24日(土)

回復の日。
ポケマルで頼んでいたわさび農園から、わさびが一本届く。このためにあらかじめ用意しておいたわさび用のきめ細かいおろし金で、円を書くようにゆっくりおろす。まだ新鮮だからか水分が多く泡みたい。それをごはんにのせ、かつおぶしを全体に振り替えてショー油をひとまわしすれば、わさび丼の完成である。孤独のグルメのやつを思い出す。一口食べると清涼感にびっくりする。頭の中でちろちろと清流がまじで流れてくるから、わらってしまう。チューブのものは、本来のわさびとはまったく別物だと実感。いいものを知る、ってことにそこまでの興味や欲望はないけれど、本来の姿を知るという意味で、素材の味や香りを知っておくことは大切だし楽しいものだ。ぼくらは市場にただ流通している一般的な商品しか知らない、のではあまりに貧しい生活ではないか。

 

10月25日(日)

じゅんこに自転車に乗ってもらう日。ブロンプトンを買ったことにより我が家には2台の自転車が存在することになり、いずれじゅんこにも折りたたみ自転車を買ってもらうことで、二人で出かける旅の全てを自転車旅行に変えてしまう、ということを計画していて、その予行練習的に自転車に乗って出かける。

来月からはおそらく放射線治療がはじまり毎日病院に行くことになるので、自転車で行けるといいじゃんってことでまず病院に。そのまま先週と同じく中央公園に行った。この間と同じ、目の不自由な人の白い杖をついている目の見えるおじさんがいて、名物おじさん的な人なんだなと思う。