武田俊

2024.7.4

空中日記 #127|赤ちゃんパペット問題

4月22日(月)

マシになったけど、だるい。だるいことを地元では「えらい」といっていて、小さなころしょっちゅう体を壊していたから「からだ、えらい?」とよく聞かれていた。こっちに来たら伝わらないので、いつからか使わなくなったことば。

イオは今日から7時~16時で預けられるようになったので、預けてすぐ寝ていたら11時に園から電話があり、下痢をしているのでなるべく早く迎えに来てほしい、といわれアテが外れる。保育園から病気をもらってくること、それが本人にどんな感じかは想像できていたけど、時差で家庭内に回って、全員具合が悪いときの大変さはわからなかった。子育て、経験からのイメージが及ばないことばかり。

午後、新しいご相談についてのMTG。精度の高いキャッチボールがばしばしきまり、心地が良い。言語の通じない相手と毎日過ごしているので、言葉の精度を落とさず、それが芯を打ち合うような会話を交わせると、体がぶるぶる震えるような気持ちよさがある。『望郷太郎』のはなしもした。既刊10巻まで全部読んでしまった。

4月23日(火)

体調やっとマシになってきた。イオさん登園するも、らっこ組の仲間たちは全滅していた。疫病という名の試練。家事して、昼食のあいだNetflixで『三体』を見る。原作ってこんなサイコスリラー的な話だったかな、と思いつつおもしろい。記憶があいまいなので、原作をあらためて読みたくなり、あ、これは『fallout』と同じことになっている。午後も家事。夜、久々に書きもの。じゅんちゃんは、寝ながら老人のような咳をしていて、かわいそうだけど、すこしだけ滑稽。

昼、てんやものの味噌ラーメン
夜、餃子とさして楽しくないお惣菜

4月24日(水)

板橋でリハビリ。家事育児は何より自分自身のための時間を削り、ルーティンを破壊するから最初にリアビリのためのトレーニングをサボることになる。なので行きたくなかったわけだが、はじまると前回よりも作業療法士さんの加える力に耐えることができていて、「調子上がってきましたね!」といわれ複雑なきぶん。

終わって池袋まで歩き、新宿に出て、混む前にまっすぐ帰ろうか悩みつつ、ブックファーストへ。書店で買いたいけど地元には売っていなかった念願の千葉雅也『センスの哲学』、島田潤一郎『長い読書』、山本浩貴(いぬのせなか座)『新たな距離 言語表現を酷使する(ための)レイアウト』をすぐ見つけ確保し、末木文美士『日本仏教史』『日本宗教史』も買う。16000円。紙袋に雨よけカバーをつけてもらい、びっくりするくらい幸せになる。帰りに早い特別の電車にも乗れて、旅のような気持ちで『長い読書』から読み始める。そのままドトールで20時近くまで。

4月25日(木)

今年の授業2回目。なんとなく、能動的な学生が多くてうれしい。行き帰りは『長い読書』。読み比べていないけれど、文体がより荒川洋治のそれに近しいような回がいくつか。それにしてもいつも通り、島田さんの文章は、南国のビールのようにするすると入っていく。けれど、後味はしっかりしていて、かつちゃんと酔い、その酔いで書かれている出来事の自分バージョンのような記憶が変奏されてゆくような感じ。

じゅんちゃん、最近イオと外に出るとよくおばさんに声をかけられるという。ぼくでもそうなのだから、女性だとなお多いのだろうと聞いていると「それで別れ際に、イオちゃんの手をとって、本人がいっているみたいに『バイバーイ』って手を振らせてるんだよね、気づいたら」という。これはとてもよくわかる話で、実際便利なのだ。

「わかるけど、でもぼくはそれやらないようにしてる。本人の意志が介在してないのに感情表現の道具にしちゃうと、いつか夫婦げんかみたいになったとき、『ねえ、パパが悪いよね、イオちゃん』みたいにしちゃう可能性があるから」とこたえると、「もちろんそれはしないけどさあ……」と会話が続いた。赤ちゃんパペット問題、という名前をつけてしばらく議論。

4月26日(金)

イオ、まだ咳と鼻は出ていて、それでもご機嫌な様子なので病院に行くかの判断に悩みながら登園。午後、昨年の学生さんからインターンの相談。積極的な子なのだが、それでも心配事は多いようで、自分が同じ年齢のときにどうしていたかを話し、「学生だから許されることの多様さ」をたくさん話す。え、そういうものですか、とびっくり箱(なんて開けたことないけれど)を開けたときのような顔をしている。

夜は人生で最初にアシスタントをしてくれたNくんの悩み相談。若者は悩むのが仕事。少し年上はそれに応えることが、楽しい仕事のひとつ。

4月27日(土)

じゅんちゃん、恩師のイベントへ。ぼくは家事と育児だけのさえない日。それが仕事だ、という意識がまだ薄いのか、家事育児だけで1日が終わると、何もできなかった空虚な1日だと感じてしまう。手癖がまだまだ抜けない。

4月28日(日)

朝、肉みそ乗せたごはん
ひる、大量つくりおき鳥キーマ
夜、Uberでヤバいどんぶり

今日はRIZINだ、と朝からそわそわして過ごしていたらわたるとLINEをしていて、計量の話でかみ合わず、おかしいなと思ったら明日だった。かわりに時間を有意義にしたくて、冷凍していたたくさんの鳥にくを解凍し、ブレンダーにかけてひき肉にする。雑にたくさんストックをつくりたいので、むね肉ももも肉もまぜまぜでよい。冷蔵庫にあった新玉ねぎ、にんじんもブレンダーにかけ、食べ忘れてしなしなになりかけていたりんごも粉砕。

にんにくを入れて、さらに魚粉も入れてまぜまぜ。それを大胆にフライパンでがっと炒め、トマト缶を入れ煮、スパイスを加えてまぜあわせるようにして火をかけるといったん何食分あるだろうというキーマカレーができる。給食をつくっているような気分で、いっきにたくさんの成果が生まれるというのは楽しいこと。

夜、たかくらの仏教ラーニングコミュニティ「曼荼羅団」の初回の勉強会。聞き手をつとめる。今日はざっくり仏教史。これは、かつて日本史で3点をとったことがあるというたかくらが、自分が学んだことを人にシェアしつつ学び直していくというもので、月500円で参加できる。事前準備をなにもしないで進めたけど、それがおそらくちょうどよく、1番理解のうすい参加者の視点から、質問を投げかける。

日本への仏教伝来から江戸までを、だいたい2時間で駆け抜けた。すごくおもしろい! 人生でもっとも楽しいことのひとつは、恐らく大人になってからの勉強、だと思う。同じやり方でひとりであらためて網羅するのはなんかしんどくなっていた、日本文学史やメディア史をやれないかなと考えながら、ふとんの中で末木先生の『日本仏教史』をセイゴオ式読書ですすめる。