武田俊

2024.7.8

空中日記 #130|イサキの昆布じめ、鳥ハムサラダ、みそ汁

5月20日(月)

イオが2時にへーん、と泣いて起きてしまったため、午前中はゾンビ状態で過ごす。午後、『青の輪郭』の再始動MTG。内沼さん、松村さんが昨年末のMTGの時「4月から保育園なら、4月は病気をもらったりろくに稼働できないと思うから5月、そうだなあ5月の連休明け以降に設定しますか」といっていて、そのときは「なんで? 4月にやりたいのになあ」と思っていたが、完全に先輩ふたりのいうことが正しかった。予言だった。

これまでにつくった目次を眺めながら「これを見て書いていったんですが、ぼくただでさえ病気をする以前のことはかなり覚えていて、それを書く度になお思い出すものだから、どんどん文字数が増えていっちゃって、結果的に全然進まなくて」と思い出しながら話す。高校生編だけで9万字、大学編はすっとばして『界遊』をつくるところから2号を出した文フリの日の途中までで6万字。予定の2017年まで書くとしたら、もう30万字はゆうに越えてしまうわけで、どうしたものだろうか、と思ってて、というところまで話す。

内沼さんがたくさんアイディアを考えてきてくれて、それをもとにああだこうだと話していくと、それを土台にすることで自分がやってみたかったことが実現できる形が見えてきた気がして、びびびっと頭の中で火花が散った。アドレナリンがぐんぐん出てゆくのがわかって、ぼくはほとんで手を上げながら「ハイ! 見えました!」といった。来週中に新しい目次をつくってお送りすることに。本が建築なら、目次は設計図。物事が動き出すときは、一気に、そして連動するようにしてゆく。ようやくここに来られた。楽しみ。

5月21日(火)

Hさんと打ち合わせ、ランスルーなどもする。ふたりとも話したいことがたくさんあって、雑談が全体の6割くらいになった。興奮しながらもリラックスできていて、こういう時間はあまり体験したことがない気がする。どんなふうに録れているか、色々研究するためにオーディオインターフェースとSM58を一発持って帰ることにした。

駒場の住宅街はとてもいいお家が多くて気持ちがいい。豪邸だから気持ちがいいわけではないので、なんでだろうと思ったら、建て売りではなくて、それぞれに趣向を凝らした家が並んでいて、それぞれのひとの生活をそれぞれにつくっているその形跡みたいなものに触れることで、心がよろこんでいる様子。駅につくと、きっとかしこい高校なのだろう、制服で金髪の女の子がいたり、自由に着崩しまくっている男の子がいたりして、でもみんな品があった。すてきだと思いながら、お昼を逃していたので、塩昆布と枝豆のおにぎりを歩きながら食べる。KAI-YOUで忙しかった10年前、昼はこういうふうに移動中に何かをかじって、走るようにして東京のいろんな町を歩いていた。

西武百貨店の屋上に先に着くと、目当てのかるかやの前にひとが全然おらず、嫌な予感で近づくと、品切れとの看板。閉店のニュースのあとからたくさんのひとが来ているようで、こういうことがあるから早めに来たのだが間に合わず。同じようにがっかりした顔で看板の写真を撮るひとがいて、悲しくも静かな連帯を感じる。あんどうさんの提案で友誼食府へ。ここは日本語があまり通じないガチ中華フードコートとして、色んな記事で見ていたところ。食料品売り場の一角がフードコートになっていて、フロアにつくとまず食料品売り場の奥にいけすがあって、そこに鯉と鮒のようなのが泳いでいるのに目が行った。魚が泳いでいるのはとてもいい。何を食べるのがいいか目移りして選べず。結局、赤いチャーシューのごろりと入ったあんかけの乗ったごはんのようなのにする。880円。あんどうさんは、ねぎ油の麺とラム肉の水餃子。どっちもすこしもらう。美味。次は雲南省のラムのお肉の米線にする。

伯爵でお茶。何回も通った場所に久しぶりにくるのは楽しいことだ。お酒の場とは違った感じでおしゃべりをするのもいい。何なら最近はお酒がない方が楽しいくらいにも思う。疲れたのでプチ贅沢の特急に乗って、イオのお迎えをして変える。わずか10分ほどの徒歩時間なのに、抱っこひもをしていると全身汗だく。真夏はどうなるのか。

 5月22日(水)

今日もHさんと別件でMTG。ブリーフィングしてもらってぼくがアイディアを出すターンになり「15分時間をもらえますか」といって、スピーカーとカメラをミュートした。今とりこんだ情報をスパークさせて、固有名詞たちをつなぎあわせるために書棚のまわりを背表紙を見ながらうろうろする。

このとき背表紙を見ているのは、ぴったりの相手を探すためだけど、その著者名から「この人だ!」と思うことはむしろ少なくて、この著書名と著者名の森の中を歩くようにしていると、向こうから誰かやって来たり、ここにはないものが逆に際立ったりして、それで思いつくことがあるからそうしている。実際の森を歩くときの、そこにいるのにそこにいない、のと同様の作用。15分後、一気に話す。とてもよい感触が心に残る。「こんなやり方、はじめてですよ!」とHさんがうれしそうにしてくれるのがうれしい。

夜、BRUTUSの取材でSIXへ。本山さんに会うのはそれだけで楽しいこと。ちょっと取材の進め方が想定と違ったので。スイングさせきれなかったのがすこし心残り。タクシーで移動して〈土と青〉。魚の扱い方がとてもいい。レアのアジフライは、ロールしてあって、トマトとあと読み取りきれなかったものでつくられていたソースで食べるもの。とてもおいしいけど、会話が楽しいのであまり味をつかみきれない。今度食事のためだけに来てみたい。

5月23日(木)

HさんとEBISU FOOD HALLでランチ。ここいつできましたっけ、と聞くと、もう5,6年かそれ以上は経つけど、少しずつ形態が変わって、2年前くらいに今の形になったのかな、とのこと。どうやらフードホールとはフードコート的なことで、内装が統一されているけれど複数のテナントからなる場所らしい。駅近で広々してて、仕事でも使いやすそう。週替わりのランチは鹿肉を使ったプレートやらで惹かれたけど、マトンの煮込みライスみたいのにする。においの強い肉が好き。途中からSさんも合流して、仕事のお悩み相談みたいな感じに。世間話よりこういうものの方が好き。こういう話に飢えている。

板橋に移動してリハビリ。イオのお世話で全然日々のメニューをこなせてないので、宿題しないで授業に来てしまったような申し訳ない気分。学生のとき、そういう授業は全部休んでベンチでブラックニッカを飲んでいた。それがいけてると思っていたのだから、しょうもないことである。亜脱臼下左肩は肩甲骨の動きはいいものの、まだゆるい。6年前くらいに上腕骨を折った右は、筋肉がガチガチで肩甲骨が動かない。ストレッチをしているけど改善はなく、むしろマッサージがいいらしい。むちゃくちゃ痛い。

市ヶ谷で授業。インタビューワークの日で、どこでやってきてもいいことにして、教室から全員がいなくなると、ものさびしい気持ちになる。毎年なる。あと10分というところでみんなが戻ってきて「インタビューどうだった? おもろかった?」と聞くと、ほとんどがにやにやしながら、小さく何度かうなづいていた。よかったねえ。

朝 玄米、鯛みそ
昼 マトン煮込みライス、食後にコーヒー(悩んでホットに)
夜 セブンのねぎ塩混ぜそば、プリン(固めの方)

5月24日(金)

ワンオペデイ。久々に出かける必要のない日で、先日の取材の文字起こしをさっとやり、午前はてきぱき家事をこなす。こんなタイミングで6、7年前から使っているPanasonicのドラム型洗濯機が故障してしまったので、近所のランドリーにも行った。最近できた欧米風のおしゃれなやつで、それでも出かけると高円寺の風呂なしアパート時代に通っていたランドリーの感覚を思い出す。

銭湯の脇にあるやつではなく、商店街の片隅にあったところで、ふつうの洗濯機がいくつか並び、乾燥機はちょっとだけ。ぼろい机と椅子がふたつずつあって、たまにそこに宮崎あおいに似たひょろっとした女の子が洗濯を待ちながら煙草を吸って文庫本を読んでいた。ダイナソージュニアか何かのTシャツを来て、ハイライトのメンソールを吸っていた。とても雰囲気のある子だったから、その子がいるとどきどきしたが、こういう閉鎖空間にぼくが入っていったら威圧されてしまうのではないかと思って、彼女がいると回れ右をして部屋に戻っていた。いいひとりの時間を過ごしてほしかった。

最新のランドリーはS、M、Lの3タイプあって、Mは60分で洗濯・乾燥ができて1300円。平日は300円引き、土日は200円引き、深夜はさらに100円引き。こういう定価が定価じゃないメニューのつくり方は関心しない。ずるい感じがする。平日昼なので1000円払う。その足でスーパーへ。関で1本釣りされたという、まるまるふとったイサキがいた。体高がとても高いので期待して買う。

14時ごろ保育園から電話があって「イオちゃん、おしりのかぶれが悪化してきまして……。今日は朝から4回下痢をしてしまって、かぶれから出血が見られます……。あと、浸出液もにじんでいて……」といわれ、すごくこわい。母に電話した。来週ふたりとも忙しいことを伝えると、明日から4日間サポートに来てくれるという。ありがたい。

迎えにゆくと眠そうなイオがいた。だいじょうぶ、いたいね、と声をかけぎゅっと抱くと、ふにゃっと寄りかかってきた。帰宅しておむつを脱がせて観察し、痛々しい患部に携帯用のビデで水をかけてコットンでやさしくトントンするようにぬぐい、処方されている亜鉛華軟膏を全体に塗る。痛がらないのでほっとする。亜鉛華軟膏は、テレピン油のにおいがするから、塗るたびに油画を習っていた小学校のころを思い出す。

保育園であまり寝られていなかったようで、すうすう寝だしたのでここだ! と思ってイサキをさばいてびっくり。真子が入っていたのだが、それを包むほどに内臓脂肪がびっしり。卵に栄養が行くはずななのに、身やせもまったくなく、脂がしっかり乗っていて、どれだけえさを食べたのよとうれしくなる。

5月25日(土)

数日前から、イオが急にたくさんしゃべりはじめたことを書きそびれていた。最初に気づいたのはじゅんちゃんで、動画を撮っていた。彼女は「あぶあぶ」といっていたけど、ぼくには明確に「ぱぱぱぱ」といっているように聞こえる。これは実質、生後6ヶ月でパパと発話した、といっても過言ではない、ということにしてほくほくしている。

5ヶ月くらいまで毎日できることが増え、体重もどんどん増えていたから、6ヶ月はいったん成長がストップしているように感じていたが、ここに来てまたぐんと昇った感じ。これまでは右肩上がりだったのが、一度プラトーに差し掛かり、それを越えるとぐん、と昇る、というフェーズに入ってきたのかもしれない。にこにこしながらハイハイで突進してきて、こちらの足に体をこすりつけるようにしてぐるりとあおむけになる、というのもよくやるけれど、これも1週間前くらいからのような気がする。記録をつけなければ。

朝 さけの西京漬け、玄米 みそしる
昼 ビックマックのセット、アイスコーヒー
夜 イサキの昆布じめ、鳥ハムサラダ、みそ汁

イサキは昆布じめにして正解だった。塩麹とオリゴ糖で漬け低温調理した鳥ハムは完璧なしあがりだった。サラダのドレッシングはごまだれにゆずのドレッシングをブレンドし、ゆず胡椒を足した。みそしるは煮干しだしで、白味噌、あわせ、八丁味噌を6:3:1くらいでブレンドした。全部味つけ完璧だった。簡単なものを、ちょっとだけずらして、味のバランスにユニークさをつけ足す。家庭料理で一番楽しいことのひとつ。

夜、RIZINの会見を見て、届いていた稲田俊輔『ミニマル料理』をすこしだけ読む。稲田さんは文章がいい。目のつけどころもめっちゃおもしろい。最初のなすの煮たののレシピをみたら、スケールになべを置いて、そこになすも調味料もいっせいに入れ、煮る、ということになっていて、それは全然考えもしなかったことなので、楽しくてうれしくて笑ってしまった。料理を全然しない友人にプレゼントしたらよさそうである。

5月26日(日)

イオに新しいおもちゃや服を買ってあげようと思って、母と西松屋に行く。低月齢の赤ちゃんの服は一瞬でサイズアウトしてしまう、ということがよくわかったので、もらったり安いものを買ったりで十分、ということが最初わからなかったけれど、今はドライに判断できるようになった。最近は大人が触っているものに触りたがるから、リモコン型のおもちゃを選び、安いズボンを数本買った。いよいよ上下別の服を選びはじめて、おとな! と思う。

車に戻った途端に空腹を強く感じて、お腹がすいているとぼくは途端に不機嫌になったり、パフォーマンスが著しく落ちたりすることが最近になってやってわかって、何なら具合が悪いと感じたことの原因のいくらかはただの空腹だったりもするわけで、これはなかなか恐ろしい。母いわく、父もそうだったらしい。それが性差によるものなのかわからないけれど、我々はどうやら生理的欲求をなんだか複雑に考えがちな種族のようだ。イオンに行ってフードコートでマトンビリヤニ、母は冷麺。夜はスーパーで買えるおすしの中で、もっともいいものを買った。