武田俊

2024.8.13

空中日記 #135|筋力に全振りした脳筋ガールもいいんじゃない?

7月1日(月)

5時起き。イオさんは3時半くらいにも起きたので、ふらふらしつつ、ベビーフード頼みなのもいやになったので、前日予約して炊いておいた白米を7倍がゆにしてそこにおかかを加え、香りづけとしてしょうゆをほんの1滴、大人が塩味を感じないレベル入れてみる。お手製離乳食を食べてもらえなかったのは、ベビーフードに含まれるうまみと若干の塩味に慣れたせいだろう、という仮説の検証。あとは、大人ようの鳥ハムを塩抜きして刻み、みじん切りのたまねぎとしめじを赤ちゃんコンソメで似たもの。少しだけ片栗粉で粘度をつけた。食べやすいと思う。どきどきしながらあげたら、食べた! もっと、と口をひらいた時、眠気が霧が晴れるように消えていって、お腹の下のほうからあたたかいよろこびが湧いてきた。

子育てについての、改めての指針ができた。送り迎え、家のこと、基本のお世話、ぜんぶぼくがやる、という前提。労働は増やさない。したいものだけやる。あとは制作。これがいちばん大事。なので平日、保育園に行かれないような日は、何も生産できない、ということを意識の前提に置いてみる。ふと寝たすきに、「ここでエッセイをしあげよう」などと思わない。その時間は唐突に終わりを迎えたり、そもそもやって来なかったりするから、期待値ベースで計画や戦略を立てない。すきまの時間はただ「やってくる」ものだから、怠惰に思える過ごし方でよい。これがコツだろうと思ってやる。惰性のままNetflixで『怪獣8号』を数話流しながら、お世話する。最初の数話がいちばんおもしろい、というタイプの作品だと予想。

午後、通院。やさしい声の優男おじさん先生が、はげましてくれる。やっぱり手足口病で、けれど治りかけ。熱はないから明日保育園に行ってよし、とのこと。切れかけの亜鉛華単軟膏と、整腸剤、今後のための粉のカロナールをもらう。

イオはとっても元気。1日中、ソファやぼくの手に手をかけて立ち上がる練習をして、にっこり笑う。毎回、はじめてのようにほめる。なお笑う。とてもかわいい。おひょっという発見の顔も大好きだが、このちょっと小ダサいくしゃくしゃの笑顔もかわいい。じゅんちゃんいわく、どちらもぼくのする表情らしい。不思議な気持ち。夜、長嶋りかこ『色と形のずっと手前で』をさっと読む。他にも頼んでいた本が続々。曽我部恵一『いい匂いのする方へ』、杉田俊介『男がつらい!──資本主義社会の「弱者男性」論──』、寺尾隆吉『ラテンアメリカ文学入門』など。

インスタで村井さんがひとり街宣をやっていて、それはこれまでに同じことをして呼びかけたりしている人たちのことばとは一線を画すとてもすてきなもので、じっくり味わうようにして読んだ。動員のためのことばではなく、いちクリエイター、いち父親としての生活実感のこもったことばからのアクションはしっかり心に届く。ここに引用したいが、すべきか今は悩んでいるので、アップのタイミングで考えることにする。

7月2日(火)

5時起。起きた瞬間から疲れてるの、いくら経っても慣れない。グラノーラにヨーグルトとメープルシロップかけてかっくらい、昨日とおなじ離乳食とミルクをあげて、じゅんちゃんにバトンタッチし朝寝させてもらう。9時起き、久々のランニングをしてみる。とてもいい。がんばってペースを上げない努力をして、140台のBPMに押さえて30分走る。ここでは書きたくないくらいの距離しか走れていない。昔は30分あれば、疲れないペースで6キロとか走れてたはず。でも欲張らないこと。帰ってどうせ汗をかいてしまうからと、プロテインを飲みながら家じゅうの掃除と洗濯と洗いもの。こういうときの「コスパ」を昔から考えがち。そのままいくつか仕事の作業。

昼、冷凍の稲庭うどんに、あぶらあげ、きゅうり、かいわれ、鳥ハムのせて冷やしで。冷凍のさぬきうどんは固すぎて、稲庭がちょうどいいと知る。食べながら『怪獣8号』の続き。惰性でみるのにちょうどいいドラマ展開。ぜんぶどこかで見た話だけど、おもしろく見る。SNSでは『ルックバック』を見て盛り上がっているひとたちがたくさんいる。ぼくは劇場で見るだろうか。とてもよくできた作品だけど、あざとい。あざとさが選択された露悪的な演出やテーマと結びつき、その陳腐な物議みたいなものがそのままマーケティングとして有効、という連関で世に出た作品に思えて、どうしても抵抗がある。

午後、はたさんMTGとある後輩の子育てにまつわる家庭の相談。思っているより、男性は典型的に男性である、というのが最近の実感で、今日もそれを実感した。自分の中にある無自覚な有害な男性性や保守的なジェンダー規範みたいなものを、どうやったら「マシ」にできるのか、ずっと考えている。いちばんは話すこと、そして読み、学ぶこと。そしてそれらをまた話すことだろうと思っている。

村井さんは今日もひとり街宣をしていた。ぼくはそれを見ていた。

そろそろお迎えに行こうというとき、園から不在着信。すわ、また熱か、と思ってリダイヤルすると少しだけ目を離したすきに、絵本をかじってたぶんすこし飲んじゃったらしい。お迎えにゆくと、緑の遊び紙が小さな歯形の形に欠けていて、それをかわいいと思う。詰まってはないから、いずれ便ででるでしょう。観察してみますね、といって退園。買いものすませて、家で離乳食のアプデ。鳥野菜煮を今日で食べきり、おかゆにはお湯で戻す鳥と緑黄色野菜のペーストを混ぜる。おっと、鳥と野菜がタブってしまった、といいながらあげるとうれしそうに食べるが、まだ口腔内のぽっち(たぶん右頬にある)が痛いのか「へーん」と泣く。へとへとでぼくは冷凍のたらこパスタと、せめてものお手製サラダを食べた。

自室で作業して、盛り上がっている。ひろたさんとぜんぶここに書いてしまいたいような、楽しい会話をDMで。その流れで『界遊001』創刊行の巻頭言を読み直すと、すでにこのときから今感じているさまざまのことを、がんばってことばにしていた。そのほかの過去の自分のテキストも読んでみる。20歳のぼく、なかなか見所のある若者、といった印象。これが主治医のいっていた「たまに見晴らしのいいところに出て、登ってきた道を見てみましょう」というやつか、と後から気づく。

7月3日(水)

朝、筋肉痛。だけど今日も走ろう。走った。いやになるようなタイムだけど、しかたない。与えられたこの体でやっていくほかないのだから……という気持ちでたらたら走る。途中通る公園には小さな池があって、水があったら見てしまうので見る。たまに水面に生命反応のようなのが見えて、それがアメンボなのか魚なのかを見極めたくて凝視するけど、走っているので確かなものは見られない。毎回それをやっている。

偶然飛び込んできた、me and youの日記企画で、「オールナイト上映を見終えた後、5:54頃からの日記/川上さわ」というのを読んだ。知らないひとの日記で、とてもよかった。ですます調がぴったりだった。技巧的でなく、まっすぐで正直な心の動きが書かれていた。21歳。この部分がよかった。

> > 映画の最後はダダ泣きでした……。友達とも話したのですがそれは感動や悲しみとはあまり関係なく押し寄せてくるもので、月並みですが泣いた理由を説明してしまうとそれはすべて間違っているみたいな状態でした。

小津夜景さんのも読んだ。圧巻。ほんとうにこのひとのテキストは、恐ろしいような美しさ。

昼、パスタをゆでて出来合いのソース。絶望パスタというものは、いわしのアーリオオーリオのようなの。これならオイルサーディンでさっとつくればよかった。

寝る前になると、あたらしい本に書きたいことがぼやぼや浮かんで来て、だからメモをする。そのパートは時系列ではないけど、ええい書こうと思って久々にstoneでやってみる。1800字進んだ。stoneで書くと、上品にしあがるのがよい。1800字ぜんぜん足りない。もっと一発で書かねばならない。けど、今のこの体でやっていくほかないのだから。

千葉さんが理想のエディタについてツイートしていて、これは完全にぼくがほしいものと一緒だった。ので、横田さんにそのことを報告する。

お迎えにゆくと、先生からおもしろいことを聞く。なんでも、イオが1歳児でも持ち上げられないような椅子を片手で引き倒して、その勢いで軽く後頭部を打ってしまったとのこと。けがは全然してなくて大丈夫なのだが、なんでもあり得ないような力持ちらしく、保育士さんみんなでびっくりぎょうてんしたんだそう。かわいい、とほめられるのと同じくらいなぜかうれしい。

夜、「聞くエッセイ」録る。今日はダイナミックマイク(SM58)とzoom社のオーディオインターフェース(P4)を使ってみる。あきらかにクリアに録れていて逆にどう整音したらいいのかわからない。というか基礎を学んでいないからそれを知りたいものの、検索してもろくな情報が出てこない。なんてことをツイートしたら、むらいさんからアトリエにおいでといってもらう。ぼくの回りには、あらゆるプロがいるのだった。

じゅんちゃんが帰宅して、力持ちエピソードを話すと笑いながら「イオちゃん、おばかだったらどうしよう」といった。筋力に全振りした脳筋ガールもいいんじゃない? 力持ちでチャーミングに笑うガールもいいんじゃない?

7月4日(木)

猛暑日になるらしい。7時半まで眠らせてもらう。目のアレルギー発生で睡眠の質が低かった。冷蔵庫に入ってたティラミスを朝食にして、今日の授業の用意。頭が回らない。何か読みたいけどうまく進まず、えーいと寝てしまう。

美容室のため表参道へ。人が死んでしまうような暑さで、日傘を買おうと決心を固めた。生まれてはじめての日傘。モンベルのが買いやすいな、と思っていたけど人気すぎて手に入らないらしい。日傘はオフホワイトかシルバーがいい。黒は見ているだけで暑そうだ。

移動中は村井理子『ある翻訳家の取り憑かれた日常』。めちゃ楽しいし、やる気が出る。こういう、ハードな日々だけど底抜けの明るさや笑いが感じられるテキストにあこがれる。ぼくのはなんだか、誠実ウェットマンて感じの文章。石川さんとは今日も野球のはなし。水谷瞬がいよいよ本格的に覚醒を迎えている。あとながら見できる映像としての「ヒロアカ」。見てみようかな。安定のセンターパートに戻す。

青山の上島珈琲はここらでいちばんよい場所で、ネルドリップのアイスコーヒーとどら焼きを買ってみる。ほぼ満席。日記をアップし、「聞くエッセイ」をアップして、いくつか連絡を返す。

7月5日(金)

イオのお世話とあれこれであまり覚えていない。
夜、うすいさんとオンラインでおしゃべり。8時半から11時過ぎまで話す。教習所、育児、格闘技。最近あったこと、経験したこと、好きなものを登場させて、それぞれさまざまの比喩を使い、なんだかぼくたちは互いの輪郭を確認しあうように話した。

7月6日(土)

最高気温35℃。この数年、夏になる度に「夏ってこんな暑かったっけ?」って話したり思ったりしている、気がする。明日は38℃らしい。体温越えるってやばいんだよなあ。土日、イオがいて、ふたりともずっと家、というのはメンタルにかなりくるので、出かけるなら今日だな。混みにくい方のモールにでも行って、あそこの個性的なフードコートでランチするのがよさそうだな、なんて思っていたらお腹がすいてしまったので、11時くらいに冷蔵庫の中で眠っていた期限間近の野沢菜みたいなお漬物があったので、それでチャーハンとした。うまいうまい。

イオンの遊び広場のようなところで、先月はずりばいで向かっていったところ、今日は少し萎縮していた。じゅんちゃんのゆびを両手でぎゅっと握っていた。成長によって、「畏れ」がうまれはじめている。

村井理子『ある翻訳家の取り憑かれた日常』をすこしずつ。おやつみたいに食べている。

7月7日(日)

七夕、結婚記念日。結婚8年目。東京都知事選。朝イチで投票に行こうとしたが、イオさんが寝てしまったので10時すぎ出。投票のあとのすっきり感はなんだろうか。行為に対してリターンのすっきり度合いがかなり高いので、この報酬系だけで投票する価値がある。

お腹減ったので、駅ビルのくら寿司に。サバ、にくたまご、鉄火巻き。味噌ラーメンも試してみる。これはリピートしないかなあ。結局くら寿司は、くらポテトがいちばんおいしい。フライドポテト屋さんとして成立するレベル。子どものころにSAなどで食べたような、衣のついたタイプ。イオは、ボックス席のテーブルは手がかけやすいみたいで、始終たのしそうに手をついて立ち上がっていた。

午後、少し作業。オンラインで視聴しようとチケットを買っていた柴崎友香さん×斎藤環さんのトーク「人間は二か所に同時にいることはできない」を細切れに見ながら、空中日記の入稿作業。ときたま「お!」という会話が聞こえてきたら、メモをとる、というスタイルでオンライントークを視聴するのはいいかもしれない。会場だと会話に没入できるのはいいけれど、手持ちぶさたで、聞きながら他のことをしたくなってしまうのだ。

頭の中がぽやぽやしていたので、えいっと上半身のウェイトをやることにする。再始動のきっかけ。うちには可変式のダンベルがあるので、ダンベルプレス、ダンベルフライ、ショルダープレス、アームカール、リストカール。これを上半身セットにしよう。30分くらいでやり切って、30分走る。

地上派がなぜか映らないまま2年ほど過ごしていて、開票速報をどう見ようかと思って、Youtubeで各社配信をやっていたので、TBSのにしようと思ったら、20時、開始直後に百合子の当確が出ていた。一瞬でも今回の選挙はひっくり返るんじゃないか、と思った自分を恥じる。ぜんぜん世の中が見えていないやんけ。SNSにはリベラルな人たちの悲壮の叫びが飛び交っていて、そういうものにばかり囲まれている自分の暮らしを意識的に改める必要を感じる。理想も理想論も大事。でもそれでは政治にならない。政治にならなければ、世界は変えられない。だからここだけにいてはいけない。