武田俊

2018.10.1

日々のしぐさ #002|旅先で植物を買うということ

「日々のしぐさ——Daily behavior」は、毎日1枚のイラストを描き、そこからの類推で生まれたエッセイをあとから添えたシリーズです。

 
 
西表島に1週間弱滞在したことがある。
イリオモテヤマネコには会えなかったがそれでも自然は無垢で、星、とかげ、八重山そば(の素材たち)、浅瀬を泳ぐ熱帯魚や巨大なシダ植物が、都会でなまくらになっていたぼくらの五感を盛大に振り回してくれた。

帰り、フェリー乗り場のお土産コーナーで一枚の葉を見つけた。セイロンベンケイソウというもので、これを帰って水につけておくと増えますよ、という。なんだか楽しい気分になって、ひとつもとめ帰ってさっそく試してみた。
数日後、葉の縁に触れている葉脈の端から、ちょろりと白い根のようなものが伸びていた。これは毎日念入りにチェックしない方が楽しいやつだ、と気づいたから少し日をあけてみる。管理は妻にまかせた。

そして1週間後、生えかけの脇毛みたいだった根は白く太くなり、驚くことにその上部から本体と同じような小さな葉が顔をのぞかせた。しかもふた葉だ。どうもこのセイロンベンケイソウ、一枚の葉の縁から、たくさんの根と葉が伸び成長するというシステムで成り立っているようだ。
そこから葉は増え続け、伸び茎となり、かつて本体だった部分は完全に役目を終えた。さらにそこから増えた葉は、それぞれが独立し、その縁からまた新しい葉をのぞかせた。
「これ売れるかもね」
「いや、そうやって思った人から買ったたわけでしょ(笑)」
「たしかに(笑)。あ、これお母さんにおくろっと」
 
旅の記憶は点として記録されるだけだが、そこで植物を持ち帰り育てれば、過ごした時間は茎や葉といっしょに伸びて現在ごと更新される。そうして伸びていった茎から広がっていった一枚の葉を、ぼくはていねいに切り取った。これは誰か親しい友人にプレゼントしよう。そうやって、自分のためのお土産が、他人へのお土産へと成長を続けてく。

セイロンベンケイソウは、きっとおそらくそうやって、スリランカから人を渡りこの国にやってきたのだった。