武田俊

2018.7.1

空中日記 #002|庭には森がある

7月1日(日)晴れ

断食の復食期間はすでに終了しているが、なんとなくルーティンになっているので玄米ご飯、つけもの。これで1日分おしまい。この食事にはもう慣れて苦痛はないが、体重が停滞していることが気がかり。これはよくある「踊り場」なのか、それとも何か違う変化が起こっているのか。先生の「武田くんは脳と身体がバラバラになっているから、それをつなぐ意識でのぞんでください」という言葉を思い出す。まだシンクロ率が低いから、ぼくの脳は体内の変化を想像して慮る、そのトライくらいしかまだできていない。惑星直列的に脳と身体がまっすぐにつながったら、いったいどうなるのかしらん。

映画でも観に行こう。と思って、しかし休日ということは、淳子と一緒に観に行くわけだからタイトルに迷う。そうして、と頼まれたわけでもないのに、過度なバイオレンスと過度な文芸趣味は避けておこうというふうに思考する。いつのまにかこういうふうにぼくらの映画の受容の仕方が落ち着いていった気がする。
さて何を観るかとなってこういうときに、一体なんのアプリを活用すべきか、というのが長年の課題であって、今何をどこでやっててどれが見たいか、という欲求のもとに使うのはFilmarksではない。じゃあどこだというのが見つけられていなかったが、盲点があった。映画.comだった。映画.comのアプリを入れて、まず映画を見る都市を決める。町を決める。新宿か渋谷か、渋谷なら代々木八幡から歩くルートをとるが今日は34℃まで気温が上がるというので、避けるのがよいだろう。新宿だ。日曜日だから、シネコンでしか見られない作品は当然避けるのがよいだろう。デートムービー、あるいはそういった時間は尊い。だけどぼくは、週末そんな場所にいたくない。

そうやって選び出されたのは、沖田修一監督による『モリのいる場所』だった。テアトルという場所柄からも、選択されたようだった。あそこでこの映画なら、休日に出かけてもノーダメージで過ごせるのではないか。その目算は、しかし行きの電車で悲しいくらいに砕け散った。みんな楽しんでいるのだからハッピーなはずが、その行楽で新宿に集った様々なグループたちは興奮に包まれていた。だから、自分たちの聴覚能力を見誤って、必要以上に大きな声で会話を楽しんでいた。そういった集団がそこかしこに発生し、したがって指数関数的にボリュームが増大していった。ぼくはといえば、この日はじめて外界に出たタイミングだったものだから、ただでさえ車両の隅で話している人の会話の内容を無意識でセミオートで聞きとってしまうそのスキルが仇になった。というか、仇になったことしかない。

頭の中いっぱいに、大音量で興奮とともにつばをまくしてたながら話された言葉たちが、ブロック崩しのように打ち込まれ頭蓋骨の内側で跳ね返り、あれはなんというのだっけ、骨伝導、その骨伝導のような反動を食らってそのたびに視界がぽやぽやする。命からがらという形で改札を抜け出し、南口に出た。甲州街道は、バストタクシーが行き交っていて、ただそこにあるのは均一な騒音だったので、会話はそれに打ち消され、音声のパターンが1つになったことでぼくは落ち着きを取り戻した。

精一杯の力でテアトルに向かうと、すぐに映画ははじまった。

樹木希林と山崎努と、そして吉村界人がすばらしかった。美術がすばらしかった。テアトルは父母の年代の方が大いにように見受けられて、彼らがコミカルなシーンで「はっはっは」と毎度いい調子で笑うのがすばらしかった。こういうときには、一緒に笑ってしまうのが映画の楽しみ方のひとつだった。映画は複製芸術でありながら、劇場で観覧する場合に限って自分以外の観客である他者が介在することで、擬似的に一回性を宿らせる。それがぼくの映画が映画として好きである部分だった。

とにかく、ぼくは、たくさんの人達と『モリのいる場所』を楽しんだ。

劇場から出て話しながら駅に向かっていると、淳子は想像したとおりに、あの緑に囲まれた30坪ほどの熊谷守一の自宅が気に入っていたようだった。同意だった。直近で計画している引っ越しについても、そのような方針で行いたかった。しかし、ぼくらの暮らしはずいぶんと東京都心に依存しており、そこであのようなささやかな森を自邸内に得ることはどうやったら実現できるのか不明だった。そんな家、賃貸にはなかなか出てない。あったとしても郊外で、それはつまり日々の打ち合わせなどに、その庭の中の森がもたらせてくれる効果以上のダメージを電車移動で食らわされるはずだ。

レジャーは楽しい。でもわざわざ出かける大自然より、10歩でひたれる庭の木立のある生活のほうがどう考えたって尊いのだけど。