武田俊

2018.7.12

空中日記 #008|知らない人の暮らす町

7月7日(土)晴れ

住まいを改めるために内見に出かけた。
内見が昔から好きで、というよりは引っ越すことの可能性を持って家を探したり、町を歩いたりすることが好きだった。東京。住める町には限りがある。そう気づいた学生時代から知らない町で不動産屋を見つけると、軒先につつーっと歩いていってレコードをディグる時のような手つきで、ざーっと物件リストを漁るようになった。23区のうち毎号一つの区を特集する、しかもその区内に住む、あるいは拠点を設けて編集室とするというスタイルでつくっていた『TOmagazine』をみんなでやっていたときから「ぼくも2度同じ区に住むのはやめよう」と思って、それは今でも続いている。中野区、杉並区、新宿区、世田谷区には少なくとも、もう住めない。振り返ってみたら意外と少なかった。でも、ともかく、ぼくが踏んだ町にぼくはもう踏まれることはない。

内見はいい。散歩もいいが、さらにずっといい。暮らすことのリアリティと期待をないまぜにしながら、さもその町に住んでいるかのような雰囲気で、まだあまり知らない喫茶店を覗いたり、果たしてこの商店街で生花をもとめる機会がどれほどあろうか、と思いながらそれでも花を選んだりする。さっき見た東南角部屋5階の物件の、おそらくダイニングテーブルを置く位置に午前の光がピンポイントに入るはずだから、ちょうどその位置に一輪挿しを置いたらいいんじゃないの、とか思う。にやつく。見たからって住まなくってもいい気楽さの上だから、生活の中の楽しい部分だけ想像できる。その余地が内見にはある。

住んでいないから住むかもわからないから。そう思って歩くから、町の側から自分の側にもたらされる親密さのようなものを、いつまでも好ましく思っている。