武田俊

2021.2.22

空中日記 #39|暴力的な現在。あるいはすべての知識が、自分に関係あるっていうこと

1月31日(日)

初めての日曜スパーに出かける。
通っているジムは日曜日は柔術のスパーリングクラスがあり、それぞれ思い思いの相手を見つけて5分間闘うってもので、まだあまり親しく話せる人がいないから、最初はやっぱり壁際の花、のようになってしまう。

柔術は出かける前にいつも少し緊張している。どれだけ楽しみにしていても、なぜか緊張してしまうその現象は、人と肌を重ねること、そしてそれが闘いであることから来ているようだった。

(このあとにたくさんの気づきを書いたはずなのに、Ulyssesがクラッシュしたのひらいたらなくなっていた)
(かなしい。iCloudにUlyssesデータを置く形に変更しからか、初めてのことだった。でも少しでも感覚を残しておきたい)

知らない技には対抗することができない。格闘技において相手の持つ未知の技術は、自分にとってそぼくな恐怖として現れる。柔術は特になんだろう。だから知識に差が大きく生じた場合には、それがフィジカルさを凌駕するはずで、それが実際に生じたのがUFC1でのホイス・グレイシーの優勝だったんだろうなと思う。

(やっぱり一回消えたものを書き直すのはきびしい…)

 

2月1日(月)

朝からずっと尾崎さん、つまり荻堂さんの『擬傷の鳥はつかまらない」を読んでいる。

髪の毛を整えて今度こそ青くするために、石川くんのところまでつまり原宿にゆく。
竹下通りの向こうがわに出るためにいつも東郷神社を抜け道に使わせてもらっていたけれど、駅を出てみると竹下通りががらりと空いていて、踊りながらでも歩けそう。こんな時でも、あのアパレルを推してくる黒人のお兄さんたちはいた。暇そうでもどこか楽しげ。
堀口、カーフキック、柔術、まーくんの帰国と率直なギータのインタビューなどについて話していたらあっというまに完成。前回あまり発色しなかったので、ヘアマニキュアをで染色をする。カラー剤とヘアマニキュアの違いすらぼくはよくわからないので、その原理が気になって聞くと、石川くんは髪を紙に、薬剤をインクにたとえて説明してくれた。
化学だなーって思う。石川くんはヘアカラーを化学的に噛み砕いて説明してくれる時の感じがいつも楽しそうで、そうやってその人が学んだ専門的な領域のことについて本人が軽やかに話してくれるときの感じがぼくは好きだ。それが好きだから編集者を続けられているような気すらする。

帰りに新宿の紀伊国屋に寄って定期パトロール。
岸政彦・柴崎友香『大阪』、カルミネ・アバーテ『海と山のオムレツ』のを買う。

帰ってからもずっと『擬傷─』を読んでいる。
じっくりとていねいに読みたい気持ちと、先に進みたい気持ちがせめぎ合って、通常の両者の戦いの場合ぼくの読書感的には前者が圧倒的な勝利をおさめるから一度本を置くことになるのだけど、今日はこのあとオンプラで話を聞く以上、読了と言わずとも進められるだけ進めるのもまた誠実な態度である、という判断が加わったから、それで読書は続けられることになったようだった。
家をでる10分前に読み終わって、0時に笹塚駅へ。荻堂さんと一緒にタクシー。
話したいことがたくさんあって、出番までの間もたくさんしゃべる。柔術のときは柔術のことしか話せないから他のことを話しているのに、また柔術の話もしてしまう。
2回盛大に噛む、というよりシナプスの接続が悪くて言葉が出てこないっていうめずらしい現象が発生してとまどう。たぶんまだ、頭の半分が物語の世界の中にいる。

荻堂さんは出番が終わっても残ってくれて、3時台にも色んな話をする。ラグビーの5軍の話がおもしろかった。サイバーメトリクスだけで向上させられないのが、スポーツ、そして団体競技のおもしろさなんだろうと思う。
4時に押くんと3人でタクシーで帰る。帰ってからも興奮で眠れず。CBDグミもなんだか効かない。

 

2月2日(火)

11時に目が覚めて、喫茶店にゆく。
こういう火曜はめずらしいから、なにか生産してやろうと思って、メッセンジャーバッグにPCも入れる。本は岸政彦・柴崎友香『大阪』を持つ。
モンゴウイカがといくらと明太子のパスタを選ぶ。コーヒーは食後。すぐにイヤホンをして日記を書き出す(これが1月31日のやつで消えたもの)。食事が届けられたらそれを食べながら『大阪』を読みはじめる。

ぼくが関西に進学していた平行世界のことを、最近よく考える。
岸さんの「地元を想像する」は、時代と移動するベクトルが異なった自分の物語のような気がする。名古屋で生まれて大阪に逃げた岸さんと、東京に逃げ込んだ自分。名古屋で進学校に進んだ子は、高校できわめて合理主義的な学問のあり方を浴びてしまう。
理系なら医者、文系なら弁護士とか大手の会社員とかになるために学問があり受験があるらしい。そしてそもそも理系の方が人間として優れているらしい。文学とか芸術っていうのはそれをつくる人になるのではなく、医者や弁護士や大手の会社員とかになって、「教養」として楽しむものらしい。
そんな空間にいたら、逃げるしかなくね、と思う。
名古屋っていう町は極端に言えば、マネーを獲得するたびに文化から逃げられてきた町だと思う。

帰宅してMTG。
想定していたよりもずっともっと大規模な案件のヒアリングでびっくりする。
スポットの案件ではなく中長期的に関わることのできるものだけ残していきたい。そうこの数年思っているけれど、むしろ先方からそういってもらえることが増えたのは大きい。何か社会のムードが変わっているのを感じる。

夜、自堕落な気持ちになってウーバーイーツでまぜそばみたいなのを頼む。
大量の刻んだにんにくがはいっていて、食べ終わってからもその蒸気や気配がずっとお腹に残ってて、呼気が熱い感じがする。なぜだかゆかいな気持ちになる。

 

2月5日(金)

名古屋へ。3ヶ月ぶりの新幹線移動。
ひかりを早めに予約するとグリーンが通常の車両と同じくらいの値段になるので、今回もEXで予約しておく。
BONUS TRACKの定例が終わったらすぐ東京駅へ。お昼ごはんをどうしようと考えて、駅弁を買おうと思う。じゃあどこで、と考えて駅ビルの中でなにかご当地などとは関係のないものにするか、それとも駅構内のいつも買う場所でと考える。
単純に前者の方が味をベースとしたお弁当体験に優れていると知っている。
でも駅弁というのは味よりもむしろ旅情を食べているようなもので、そうなると後者の方に軍配が上がるわけで、今自分がどちらの体験に優位を置きたいのかがわからない。味なのか旅情なのか。
迷っていたら足は習慣が運ばせるもので、後者が選ばれた。鮭はらこ飯というのを選んだようだった。これスプーンないと食べにくいだろ、と思いながら。
車窓とか流れる風景とか、時速200キロ以上の移動とか、久しぶりで頭がわくわくと混乱に包まれる。最近X100Fで好みの設定ができてきたので、流れる風景をたくさんとる。
真冬を通り越しているけれど、まだキレのある、しかし柔らかさを含みはじめた光。

 

2月6日(土)

定期検診へ、実家の自動車に乗ってゆく。
3ヶ月ぶんの報告と、その間に出てきた課題について相談する。相談したのは

①タスクごとに優先度をなかなかつけられない。どれもマックスの力で向き合ってしまう
②(年中そうだが)特に冬、午前中のメランコリアをなんとかしたい。1つのアクションにかかるコストがすごく高まってしまう感じ。

の2つ。
主治医の回答は

①あなたの気質的に「手を抜けない」のでおそらく無理。40代越えてくるとエネルギーの総量が減って、自然にできるようになるのでそれでいい。むしろ全体のタスク量を減らすべき。
②高照度光療法がおすすめ。結構効果でるよ。

とのことで、久々に結構長い時間話し合った気がする。②はAmazonでよさそうなものをすぐに発注。楽しみ。
ぼくの保菌リスクと日曜は柔術スパーに行きたいので、夕方の新幹線で帰る。どちらも1両に3人くらいしか座っていなかった。

新幹線の中で『大阪』を読み終える。
なんていいタイミングで読み終えられたんだろう。
大阪で生まれ東京で暮らす柴崎さんと、名古屋から大阪に逃れお家を建てて今も暮らす岸さん。やってきた大阪と出ていった大阪。それぞれの視点が、大阪市の風景の上で交差する時、描かれた町は誰しもがみたことのある自分にとって馴染みのある町の姿として記憶される。
そのときたち現れる「大阪」に魅了されてしまった。
エモーショナルでウェットな語りがあふれるのかと思いきや、もちろんそういうパートもあるものの、二人が描いた町の姿には地下水脈のように文化と経済のはなしが流れていた。経済の豊かさが町に文化芸術の場を維持させていた、というある意味露骨な現象から、何をどう受け取るべきなのか。
そんなことを考えていたら東京についていた。
さて、これは何度目の上京なんだろう。

 

2月7日(日)

 

11時、柔術の日曜スパー。

 

この投稿をInstagramで見る

 

武田俊(@stakeda)がシェアした投稿

だいぶわかってきたことの一つに、「メカニカルな知識がない技は返せない」っていうことがある。例えば野球であれば、その選手の身体的な個性として肩肘まわりの関節がやわらかいと、メカニカルな知識がなくとも理想的な軌道でボールを投げることができるし、そういう選手が中高生時代の野球部では「あいつはセンスがある」と評されていた。
評されていたので自然とぼくらもそういうものだと理解していて、知識の有無とかじゃな、センスと努力しか意味がないとプリンティングされてしまっていたわけだ。
柔術はそういう感覚を一発で破壊してくれた。知識がなければ技から逃れられず、すなわち原理的には関節を破壊されるか、絞め落とされるかの2択だ。だからフィジカルに知識が先立つ。そして自分の持ち技に選択しなくとも、メカニカルな知識がなければ特定の技を防げないため、究極的には「自分自身に関係のない知識」というものが存在しないことになる。

その世界に存在する技術的な知識が、すべて自分自身に関係があるってこと。
これはひとつの美しい救いだと思う。
あらゆる学問は、たとえば文学も物理学も生物学もほんとうは繋がり合っているのに、高度な専門性はそのつながりを見えないものにしてしまう。日常生活ではそれはもっときわまってしまって、そもそも役に立たない無力なものにすらカウントされたりする。
柔術がぼくにとって救いなのは、その知識の連なり、自分に関係のない知識なんてないってことを、ある種の暴力で実現してくれているというところな気がする。
知の及ばないものは単純に負ける。そのシンプルな方程式が、知識本来の美しいあり方を立ち上がらせ、そしてこの競技の歴史が育んできた技術体系そのものをきらきらと輝かせている。

柔術から帰ってきたあとのルーティンも組み上がってきた。
まずお風呂をあたためて、その間にプロテインを用意。水分補給を兼ねるので、お水を多めにする。
それとケータイを持って湯船に浸かり、クラスの日ならその日学んだ技術について動画を振り返る。スパーについてはその日のテーマとスパーの中で気づいたこと、パイセンたちに教わったことをメモしてInstagramにポスト。記憶の楔をここでひとつ打つ、という感じ。
そのあと、それをmiroのチャートを更新していく。



どんどん地図が広がっていくので、全体の形を都度設計し直してスクショを撮る。
たぶん段階的にスクショを撮るのが大事な気がする。
スパーが終わって帰る用意をしている時、尾崎さんに
「毎回新しいことを教わってチャート更新すると、ワールドマップが広がってく感じがしてめちゃたのしいです!」
というと
「実はぼくもそうですよ。柔術は、常に技術が更新されてますから」
とにやりと答えた。