武田俊

2021.4.7

空中日記 #43|猫と世界、クラフトジンとMMA

3月23日(火)

映画『素晴らしき世界』を見に行く。
新宿はそれまでの世界のあり方を思い出させてくれるような、そんな春の光。人の姿も多い。
映画は素晴らしかった。そして苦しかった。役所広司演じる、久しぶりにシャバに出てきた元受刑者の姿が、いつしかの自分のそれに重なった。

作中では「短気を起こしちゃいかんよ」というふうに、かれの爆発してしまう感情をシンプルに短気と表現していたけれど、これが単純な短気でないことは明らかだった。過剰に攻撃性を帯びてしまう感情失禁は、正しく診断されればそれがなにかしらの障害による症状だと認定されることは難しくないだろう。けれど、かれにもその周囲にも、そんな臨床的な知識はないから、それはただ社会には短気として受容されてしまう。その悲劇。

途中から苦しくなって、中盤以降はずっと泣きながらシートに身をうずめていた。これは映画『悪人』の森山未來が演じたキャラクターを、まるで自分のように感じて耐えながら鑑賞していた時間に似ていた。動悸が上がり、息が、苦しい。それでも仲野太賀の存在に救われたような、気がする。

呆然としながらも、いい映画だったなあと思いながら外に出て、写真を撮りながら帰宅。

3月24日(水)

「M.E.A.R.L. ASSEMBLE」のトークを20時から。ゲストは中島晴矢くん。
連載「断酒酒場」の最新回を引き合いに、飲酒行為にまつわる呪術性や、飲酒を取り除くことで立ち上がる、酒場の空間的な価値や意味合いについて話していたら、あっという間に時間が立った。

趣味についての話が進んだ時に、ぼくはまたしても「ネコメンタリー」での保坂和志の発言を引用していて、よっぽど自分にとって重要な話だったんだなと思う。猫がいるから、花の美しさがあり、世界のあり方を需要することができる。

イベントと重なってしまったので、柔術・尾崎さんのクラス行けず。

3月25日(木)

先週、突発的にオファーがあったコピーライティングの提案。
コピーっていうといまだに「◯◯文字で◯◯万円!?」みたいな、最終的なアウトプットに対してギャラが高い、って浅薄な感覚で話してくるひとがいる。けれど他の仕事と同じように、成果物を導き出すための対話に、全体の時間と労力の8割ほどを割くわけで、そんな簡単にいくわけがない。

突貫だとこの対話の時間が削られてしまうから、同じ羅針盤でクライアントと歩めているか不安になるし、そうして制作に入るとやっぱり提案が噛み合わないこともある。今回は、いつも一緒に仕事をしている間柄だから、なんとかなんとかという感じで進めた。そのぶん満身創痍。

夜、柔術・山中先生のクラスにトライしようと思うも行けず。

3月26日(金)

朝イチで松戸の取材。時間的にさすがにリモートにさせてもらう。
リモートではソロインタビューは比較的問題なくできるけれど、対談や座談会の場合、どうしてもその場に存在しないインタビュアーとの一問一答のようになりがちで、ダイナミックなナラティブが成立しづらい。これ、課題のひとつ。何か冴えた方法があるはずで、まだそこにたどり着いていない感じ。

夜、尾崎さんと飲みにいく。知り合いがやっているという、クラフトジンのお店に案内してもらう。これが素晴らしい場所だった!

もともとクラフトジンは興味のある分野で、けれどいきなり調べたものを味もわからないままボトルを購入するのはリスキーで、じゃあ試せるお店を探せばいいものを、コロナの状況で気が進まずそのままにしていたのだった。

お店の方と尾崎さんの関係の深さや、ふたりの間を流れるしなやかだけどしっかりと強さを持った親愛の情のようなものが、多くの言葉は交わされないままでも十全に伝わって来る感じが、慣れない場所に入ると妙に饒舌になったりしてしまうぼくの緊張感をほどいていってくれた。

「ジンってそもそも産業革命時代の、労働者のための低質なお酒だったんですよね?」

どこかで読んだ断片的な知識で会話をはじめたら、それが呼び水になって会話が生まれた。
そこではジンの歴史が語られた。ワインなどと違いレギュレーションがゆるいため、様々な蒸留所がその場所ごとのローカリティを付与することがしやすくて、多様なクラフトジンが生まれた。そこから現在のひとつのブームまでの流れが示された。2016年、日本では京都の「季の美」が火付け役だったそうだ。

お店にあったものでぼくが飲んだことがあるのは、季の美、ヘンドリックス・ジン、モンキー47だけだった。それではじめに何を、と思ったが、会話の流れから自家製のリモンチェッロをソーダで割ったものをいただくことに。グラスのまわりにたっぷりと塩をまとった状態で出てきて、おいしい。

次に、フランスのLe Gin。これは青りんごのニュアンスがすてきな、さらりとしたもの。ジンの味そのものを楽しむために開発された、甘みのすくないトニックで割ってもらう。

最後の一杯は2択になった。シカゴのコーヴァルとオーストラリアのアップルウッドというのをおすすめしてもらう。「これまでとの違いがあるのはどちらですか?」と聞いて、アップルウッドをお願いする。アールグレイがほのかにかおる素敵な味わい。

MMAの話、文学の話、セクシュアリティの話、ゲームの話。
普段ジムでは柔術の、ことその日習ったムーブについてばかり話すことになるから、話したいことがたくさん溜まっている。
RIZINバンタム級トーナメントの話をしたとき、尾崎さんがある選手を「幻想を抱ける選手」と評していて、これはなんともいい表現だなあと思う。何をしてくるか読めない選手、なぜか相手の良さを引き出してしまう選手、幻想を抱ける選手。好きな選手。