武田俊

2023.8.20

空中日記 #96|むっちゃ甘いソーダみたいなもの

8月7日(月)

帰京。戻りは4時間ちょっとかかった。圏央道が45分渋滞とのことで、東名をそのまま進んで横浜青葉ICを降りてみたけど、川崎まで行ったほうがよかったみたい。それでもどっちが早かったのかはわからないので、ドライブは難しい。すこし休憩して作業ののち、下北沢へ。懐かしい仲間たちと久々に会う。おさしみ、ばいかい、せせりをピリっと焼いたの、毛ガニとコーンのあんかけを冬瓜にかけたもの、三岳ソーダ。懐かしい話をたくさんする。「編集者に向いてないのかもしれないって、最近気づいたんだよ」と話すと、「そんなことみんな前から知ってるわ!」「その上で、武田はがんばってたんだよ」とつっこまれる。いつもぼくのことを、みんなはぼく以上に知っている。

8月8日(火)

地元のクリニックの診断がいやだったので、前に紹介してもらった日本でいちばん肩関節にくわしい先生に診てもらいに行く。めちゃくちゃ混んでて大変なのに、診察がスピーディかつ丁寧で「技術」を感じる。MRIを元にモデル図と模型の両方を使って、肩の中で何が起こってしまったかを、適切に解説してくれる。医師と患者って、おそらく日常的に行われる対話の中で、もっとも知識が非対称なものだろう。その齟齬を埋めるための職人的手練手管を味わう。これはお金を払いたくなる診察。念のため骨の状態もくわしく見てみようということで、レントゲンとCTも撮る。技師さんに、「肩関節脱臼セットでお願いね」と指示していて、このセットの中身が気になる。ポージングとかが決まっているのだろう。

再度診察して、骨がたいそうきれいだとほめられる。先生の見たてでは手術はいらないとのこと! 亜脱臼しても反復しやすくなるのは20代までで、35歳を越えるとせいぜい1割程度だそうだ。まずは痛みがとれるまで安静にしつつ、手術なしで競技復帰してもよいとのこと。この2週間ずっとくさくさしていたものが、さーっと溶けて広がっていった。

研修か、見学なのか。アングロサクソン系の白衣を着た男性がいて、先生がぼくの症例を英語で話している。レントゲンに上腕骨に埋め込まれた髄内釘がはっきり映っていて、それを見て彼は「Wow! Amazing!」と小さな声で、小さな感嘆符をつけていった。

夜、あさとくんとじゅんちゃんとMTG。ぼくの特性のことをふたりがしっかり理解してくれて、心から安心する。久々にちゃんと眠れた。

8月9日(水)

朝、産婦人科。妊娠糖尿病リスクを測るために、むっちゃ甘いソーダみたいなものを飲むらしい。じゅんちゃん「炭酸苦手なので、2分くらいかかるかもしれません……」と断ったあと、一瞬で飲み終わる。おいしかったのか? 急に興味が湧き出してとまらない。少しだけ取っておいてほしかった。どんな味なの? と聞きたいけれど、助産師さんの手前、がまんした。

今日は、助産師診察とのことで、それがドクターによる診察とどういう違いがあるのか、しっかりと把握しないまま診察室に入ってしまった。助産師さんは、歴戦の感情無のドクターより優しくて、ていねいにエコーの機械をあやつり、胎児の影が映るとなんどもなんども「かわいいねえ、かわいい」っていってくれる。

ぼくにもうれしいことだが、これ母親にとってとてもいいことなように思う。まだかわいいと実感を持ちづらい状態の「わがこ」に対して、専門家がかわいい、といってくれるということ。エコーのとき、スクショみたいにいくつかとってプリントしてもらえるのだけど、即物的にスクショを撮るドクターと違って、かわいい角度を探ってくれているのがわかって、それもありがたかった。「産後は、育児は武田さん(妻のこと)ができるので、旦那さんは家事をしてあげてくださいね。食事、菓子パンでもなんでもいいので、買ってくるものでいいので」と言われて、うなずく。のち、苦笑。ぼくの世代の夫って、いまだにこういう感じなの? と思って世間を知る。

8月10日(木)

GARIMINの時計が届いた。ミドルクラスのスペックで最新型は265というものだったけど、デザインがとても残念な感じだったので、ひとつ前の255 musicというものにする。スタンドアローンでSpotifyが起動できるらしい。走っている時に音楽聴かないけど、あるならあるでいいかもしれない。早速試す。最大心拍が150を限度の目安として走ると、びっくりするくらいペースが遅くて落ち込む。記録として書こうと思ったけど、恥ずかしくて書けないくらいのペースだ。ここまで走れなくなっているのだから、いきなり柔術でフルパワー出したらぜったいだめ。

身体を変えたい。ぼくの脳は瞬間にコミットしやすいから、瞬発力に期待しやすい。その回路を絶ちたいのだ。体重を落として、軽くしなやかに動きたい。スタミナをつけたい。酸素を取り込みやすい循環器の状態をつくりたい。GARMINではいろんなデータがとれるから、それを毎日見ながらやっていこう。そんな風に思っていたら、このタイミングでたばこもやめてしまおうかな、と思う。今では日に数本吸うかどうか、になったこの嗜好品も、もうぼくにはいらないのかもしれない。

夜、買ってきた餃子、パプリカ、まいたけ、にら、卵のでたらめ中華風スープ、サラダ。こういうのでいい。買ってきたものに頼りつつも、かんたんに自炊して、おうちで食べるのがいちばん楽しい。

誰かのTwitterで、「日記をおもしろくするコツは、事実と風景だけ書いて、感想を書かないこと」と書いてあった。いいな、まねしようと思ったけど、すでに感想まみれになっている。

8月11日(金)

昨日顧問先企業のMTGで「じゃあ、明日のビジネスタイムには資料アプデして投げておきますね」といったら「ありがとう。でも明日にはビジネスタイムはないですけどね(笑)」といわれたことを思い出した。今日は山の日。

朝、6キロをゆっくり走る。昨日とさほど大差のないひどいタイムだけど、もう慣れた。GARMINのアプリでは実績解除ごとにいろんなバッジがもらえて、今日は5キロ達成のバッジを入手した。ざっとどんなバッジあるか見てみる。いちばんゲットしたいのは「旧友よさらば」というバッジ。登録したシューズが寿命を迎えて交換するともらえるようで、バッジアイコンには天使の羽と輪っかのついたシューズのイラストが掲げてある。この実績解除にはあと644キロ走らなければならない。

シャワーしてプロテインだけ飲んで、横浜でお世話になっている先生の周年ゼミ?に参加するじゅんちゃんと一緒に外へ。エクセルシオールでブラックコーヒーで作業。クライアントのお持たせ的なお土産資料のドラフトをつくって、レビューに回す。書店で新潮の日記特集と、連日SNSを賑わせていて気になっていた岩波ブックレットから出ている小野寺拓也・田野大輔の共著『ナチスは「良いこと」もしたのか』を買う。リンガーハットでふつうのちゃんぽんを食べる。おいしくもまずくもないが、外食で野菜をとれるひとつの手段ではある。

見晴らしの良いカフェに移動して、久々に『青の輪郭』を書く。エッセイと違って進まない。書いてると気持ちが悪くなってくる。説明的な文章が続きがちで、それがいやなようだが、そうではない書き方がわからなくなってくる。数百字で断念して新潮の日記特集。理想の日記を探す。途中で横田さんに、「新潮の日記特集買ってください」とだけぶっきらぼうにメッセージを送る。横田さんにぶっきらぼうにメッセージを送るのは、なんか楽しい。気遣いの鬼、みたいな自分のぶっきらぼう文体に、彼への親愛の情みたいのが見えるからだと思う。

帰路。実家で見たコウケンテツのレシピ本に載っていた、サバのキムチ煮をつくりたくなって、母にLINEで聞く。レシピはいたって想像通りで、材料を買った。夜は昨日のスープの残り、サバのキムチ煮、みょうがの冷や奴、豆もやしのナムル。

寝る前、今日も「映像の世紀 バタフライエフェクト」を見る。「レーニンとプーチン」の回。子どもの頃、学んだことやニュースで見てはいたものの記憶に、数字やデータが加えられていく感覚。レーニンの時代の2000万人の死者、でっちあげられたチェチェンによるテロ。独裁者はしかし、どのひともまっすぐな目をしている。

8月12日(土)

朝走ろうとしたら、GARMINから警告を受ける。なんでも、睡眠の質が低くて、運動するのにおすすめできないとのこと。確かに夜中に4回ほど起きてしまい、寝不足だったので従うことにする。昨日、ウォッチフェイスを切り替えられることに気がついて、どんなのがあるか調べていたらfalloutシリーズのVAULT BOYのものがあって、それにしている。こんなに楽しい時計だと知らなかったので、もっとはやく導入していればよかった。Apple Watchなんかまったく比べものにならないくらい多機能で、GPS精度は高く、バッテリーが長持ちし、なおかつ安価なスマートウォッチってことを、もっと多くの人が知るべきだと思う。

お昼、ひさびさにじゅんちゃんお手製のボロネーゼ。挽肉は、自宅で手で細かく打ったほうが食べ応えがあって楽しい。そのまま出かけて、クレヨンしんちゃんの映画『しん次元!クレヨンしんちゃん THE MOVIE 超能力大決戦~とべとべ手巻き寿司~』を観にゆく。夏休みなのもあって、子どもたちがたくさんで楽しい。映画としてもとてもよくできていて、特に3DCGでこれほどにまでやわらかさと動きのキレを感じたのは、はじめてだった。ナラティブも好みで、シリアスな展開ながら、人間賛歌であり、この時代に子育てすることを選んだ・選ばざるを得なかった親たちへの応援歌でもあった。ぼくは劇中何カ所かでうるうるしていたのだが、じゅんちゃんは客電がついて、子どもたちがたくさんいることを思い出したのか、そこではじめて泣いていた。

夜、豆もやしとわかめのスープ、サラダ、残りのシウマイ、おさしみ、各種キムチ、冷や奴。豆もやしにハマってる。これをダシダの牛のスープに、わかめと一緒に入れると完全に焼き肉屋さんのスープになる。これをえんえんと食べていたい。食事中になにか観ようと思って、『御手洗家炎上する』をつけたけど、シナリオがチープで離脱してしまった。2話までは楽しく観れたのだけど。

ふたりとも最近早寝して途中で起きてしまうので、23時まで起きていよう、そのために映画でも観ようということになり、悩んだすえ、上映当初ふたりとも見逃していた『レディ・バード』を選ぶ。これもA24だった。そしてよかった。よく94分に収めたなあ、という感想はおそらくテンポの早さにもよるのだけど、考えてみれば高校生の時の1年ってものすごい変化が訪れていたもので、それを大人のタイムラインで味わったらああなるのかもしれないと思う。お母さん、もっと優しくしてほしい。サクラメントに行ってみたい。うつくしいサクラメントの風景が流れているところで、昼間のクレヨンしんちゃんを思い出して「アニメーションは動きを、映画をは風景を観るものだなあ」というフレーズが出てきて、自分でいいね、と思った。

8月12日(日)

朝走ってUFC。近くのめったにいかないブックオフに気まぐれで行って、ゾーンに入ってしまう。高校生の頃からブックオフに行くと、毎回3時間くらいいて、100円の文庫コーナーから順に「引く」ことにしていた。これは文字通り、気になった本を1センチくらい引くことで、100円文庫、100円単行本、単行本、文庫のコーナーを順にやっていく。で、2周目に実際買うものを選ぶというもの。持っている本でもいいものが100円で売っていると、なんだか腹立たしくなってきて、誰かにあげるために買った。それを「救出」って呼んでいた。全然おおげさな気持ちじゃなくて、雑でフラット化した資本主義社会が見いだせなくなった価値を逆に利用した上で、文化を救出するような気持ちだった。文化的価値をベースにしたせどり。角田光代『スキップ』、コーマック・マッカーシー『ザ・ロード』、西加奈子『夜が明ける』、石川淳『紫苑物語』を今回は救出した。