武田俊

2023.8.30

空中日記 #97|ヴェイパーウェイブでつかまえて

8月14日(月)

行ったことのないイオンモールに行ってみる。さすがに地方都市のそれよりは大きくないけれど、それでも大きなモールはいい。嫌いなひとが都会には多いけど、ぼくにとっては故郷のひとつのようなもの。書店は無人レジになっていて、スーパーマーケットエリアにはカートにそなえつけられたスマホスタンドにみんなスマホを置いている。商品を自分で読み取って精算できるアプリがあるからだ。どんどん合理的で効率化していく巨大な生命体の内臓の中にいるみたい。そんな生き物の中で、フードコートだけがちょっと異質で、めちゃくちゃ現地の人だけでやっているビリヤニ屋さんを見つけて、マトンビリヤニを食べる。すべてプラスティックな空間なのに、唐突に現れたビザール。

屋上の駐車場しか空いてなくて、いきなり雨が降る。
線状降水帯って名詞、この数年で知ったものだって、毎回こういう雨が降ると思う。日本は亜熱帯国。

夜、『違国日記』を読む。みんながいい、いい、と言っていると読みに行けない自分の性根を若いころは腐ったサブカル根性みたいできらいだったけど、今ではどこにいってもマイノリティーな心性のあらわれだと思って、嫌に思わなくなってきた。正直にいって、ちょっぴり絵が苦手。それで1巻でまずひるむ。登場人物の表情も苦手。でも、これだけ多くの人が褒めている、その理由を知りたくて読んでいくと、慣れもあいまって、だんだん楽しくなってくる。

5巻くらいからしっかりと作品の世界に浸かることができて、登場する人たちみんなを好きになったり、ネーム(電子版特典)の精度の高さに驚いたりする。これはいい作品だなあ、と思うと同時に、作中で展開される対話にいある種の既視感があって、なんだろうと考えながら読んでいたら、これは2014年に病気をしてからの自分が、いろんなひととの関わり──中でも、世界認知のしかたがそれぞれに尖ってて異なる妻との出会いと、くらし──の中で、やってきたことそのものだからだ、と気づく。いま7巻。続きが楽しみ。

8月15日(火)

終戦記念日。夏のイメージ、甲子園以上に真っ先に戦争が子どものころから浮かんでいて、でもそれはこの国の事情だものね、と毎年に思う。お盆、いつからいつまでかわからない。千葉雅也さんが宇都宮に帰省していて、それを毎年見て、ああお盆だなあ、と思ったりする。
むかしに自分がつくった短歌を思い出した。

君といた夏たどったら戦争の夏 ヴェイパーウェイブでつかまえて

『違国日記』読み終わる。終盤、やや中だるみ、というか、終盤なので終わりだるみ?みたいな感覚を得て、でも最終巻、しっかりと描ききってくれた、という感じ。全9巻くらいで終わらせるのがよかったのか、とマンガ編集のような気持ちで思ったりもする。読み終わってじゅんちゃんと感想戦。よかったという上で、もっと作品内に『スキップとローファー』みたいな余白がほしかった、という言葉が自分の口から飛び出してきて、おお、と思う。そう思っていたのか、という気分。

しかし、そう思うのは自分が余白のある表現にあこがれるからで、ぼく自身が多弁な書き手だからなのだろう。しかしよい作品だった。槙生さんが、ASD&ADHD気質満載で、執筆に没頭しながらも、それでも生活の中のよろこびとして食事をたいせつに、それも雑になることをいとわないまま、たいせつに思っているのがとてもはげまされた。ああいうふうでありたい。雑とたいせつは同居できる、という希望。

午前、顧問先企業の定例。全員が忙しくなっていて、ややぴりついたムード。緩和すべくメタ的なファシリテーション、のようなものを試みる。仕事におけるぼくの欲望は、好きだなと思うひとと仕事をすることと、自分の持つテキストやナラティブに関する技術をビジネスシーンでどう領域展開できるか、ということのふたつのようだ。

今日は昼走った。GARMINコーチという機能をつかいはじめ、目標設定をするとコーチがメニューを毎日くれる。ぼくのコーチはAmy。優しいけど、ときに厳しそうなおばちゃんである。Amyのいうとおりにテンポランというメニューを進める。

午後、たかくらとマンガのMTG。あとは作画を進めるというフェーズに入ったので、ぼくの方であまり能動的に働きかけられるところが減った。背景とかかわりにできたらいいのにな、と、藤本タツキ『ルックバック』を読み直したので、思ったりする。しかし、最初に読んだときに「これはすごい作品だ!」と思ったのに、再読したらギミックばかりが先立つ露悪的な作品にしか読めなくなっていて、驚いた。

夜、じゅんちゃんに「読んでいると自分も創作と生活をぞんぶんにしたくなるマンガを教えて!」と、お願いする。我ながらなかなか難しいオーダー。長田佳奈『うちのちいさな女中さん』を教えてもらい、3巻まで。最近マンガづいているのは、なぜだろう。

8月16日(水)

同世代編集者飲み。みたいなことを20代のときよくやっていて、何なら86年会(これは業種さまざまだったが)を主催していたりもした。自分みたいなワイルドキャリア組は仕事における相場観とか一般性が当時はよくわからなくて、そういったものを学んだり、不安を不安で終わらせないで、連帯に結びつけたりすることが必要だったみたい。

そんな季節を越えて、こういうことはめっきりやらなくなっていたのだけど、最近定期的に飲みたい友達がいて、それがいまいとはないくん。今日が2回目。新宿で宮崎料理を食べる。むかついたり、おもしろかったり、ちょっといじわるだったりして、話し相手を選ぶようなことを、安心してしゃべることは大切だ。前割飲んで、チキン南蛮、鳥のたたき、鳥わさ、鳥づくし。いまい途中で帰って、はないくんとレコードバー。えんえんと本と映画と音楽の話。永遠にできる。

ウエルベックなら何が好き?の話。パラニューク『ファイト・クラブ』の話。ラッタウット・ラープチャルーンサップ『観光』と、ヤスミン・アフマド『タレンタイム』をおすすめできて満足。この人のことが好きだ、という人に、大人になってからのぼくはこの2作をよく勧めていることに気づく。10代のころは『さようなら、ギャングたち』でそれをやっていた。

8月17日(木)

お酒を飲まなくなって時間が経って、でも飲める量は減ってない。分解できる量は減ったみたい。コンディション悪いまま、なんとか起動させ、作業。夜、千葉雅也『エレクトリック』の続き。千葉さんとっても小説がうまくなっている気がする(えらそうな読者だなあ)。

8月18日(金)

前に吉田修一『湖の女たち』を読んで、731部隊のことが気になり出す。それで小学校の終わりか中学はじめくらいに、同じように気になって、731部隊のことを書いたノンフィクションの本を夏に読んだことを思い出す。実家にあったはずで、あれはなんの本だったのだろうか。人間の「悪」にはじめて明確に触れた時間だった。731部隊、関東軍、満州。いまなぜか気になる。ゲンロンのウェブで小川哲のエッセイ「満州で愚かさを記すを読む。『地図と拳』、出たとき買ってちょっと読んで、今じゃないな、となったまま放置しているので読みたい。って思ったのはウエルベック『地図と領土』の話を水曜にしたからか?

夜、車で出かける。20代の黄金期をともに自身のやっかいなメンタルと向き合うしかなかった、という友だちに会う。ぼくとは全然違う症状で、手帳ももらってて、でもようやく念願の一人暮らしができて、それを楽しんでる友だち。自分でつくった自分だけの生活を心から楽しんでいる。

「でもさあ、20代のいちばん体力あって、いちばん何でもできそうだった時期、棒に振っちゃったって思うんだよね」と言われて、「そうかあ、でもぼくもさあ」と言葉を続けたけど、適切ではなかった。ぼくの場合、棒に振ってない。ただめちゃくちゃピーキーなエンジンで、だからこそ駆け抜けられた部分があって、それはある人たちからしたら「恩恵としての病」にも思えるはずだ。

それでも、よい。違ってよい。形は違っても、それぞれの与えられてしまった環境と病と闘って、手懐けて、折り合いをつけて。そうやって宿命みたいなものに抗った時間のぶんだけ、形が違ってもぼくたちは連帯できるということ。

深夜、車で帰宅。闇の中で、景色が光になって、線になっていく。そこに命が溶けていく。どこまでも行ける気分。

8月19日(土)

発熱。週2で夜に人と会うことは、ぼくにとっては過剰なようだ。会話への没入が強すぎる。なにもできそうにないので、Switchで『Vampire Survivors』を落としてやる。いろんな元祖になってるゲームで、アクションは移動しかできない。おもしろい。インフレしていく攻撃エフェクトが、最後パチンコの大当たりの演出みたいになって、ああ、そういうことかと理解する。楽しい。何も考えないことを、めちゃくちゃ考える感じ。たかくらたちとの会を、おやすみさしてもらう。昔だったら無理矢理行っていた。

『映像の世紀 バタフライエフェクト』で満州の回を見る。溥儀の人生ってなんだったのだろうか。人をあまり疑うことを知らず、あわれなほどまっすぐな人。満州国皇帝に即位したのが28歳だったとのこと。しかし、「バタフライエフェクト」はどの回もじつに構成と編集が巧み。素材の扱い方がすばらしい。

8月20日(日)

体調、まだ戻らず。UFCをずっと見る。ショーン・オマリーが、アルジャメインにまさかのKO勝ち。と、書いたけど、ほんとうにまさかと思っていたわけではなくて、他人の言葉がこうやって自分の言葉みたいに口をついて出ることがある。ピョートル・ヤン戦でのあの勝ち方を見ると、テイクダウンされなければ彼のゲームだと思ったし、1Rでタックルを切ったところで、「これはあるな」と思っていたはずだった。

彼はほんとうに目が良いし、距離感が抜群だった。完全に見切って、バックステップしながらの右ストレート。素晴らしい一閃。今後の格闘技史で、何度もリプレイされることになる試合になった。わたるとLINE。オマリーって打撃特化型に見えるけど、クインテットにも出てて柔術茶帯なんだよね、そういう選手が特化型ストライカーに見えるって、UFCって怪物だらけだよねえ、って話す。

ランを週5から週4に設定し直して、走る。6キロ弱。今日はパフォーマンス低かった。疲れとかいろいろ心拍数に如実に反映される。推定発汗量800mlとGARMINが教えてくれる。

夜、自炊。サバ缶のキムチチゲ、サムギョプサル、もやしのナムル。やっぱり自分でつくる食事がいちばんおいしい。味だけでいったらレストランの方がおいしいこともあるが、明日につながる日常のための食事がいちばんおいしい。サンチュが売り切れてて、フリルレタスで代用したけど、ぜんぜんだめ。レタスのかおりが邪魔をする。えごまの葉っぱがあって、なんとかそれでしのいだ。

『プロフェッショナル』の過去の、俵万智のを見る。「日常はあなどれない」「大衆なめんなよ」と俵さんはいっていた。