武田俊

2023.10.1

空中日記 #101|サンドイッチの方から近づいてくる

9月11日(月)

起きてプロテインだけ飲んで執筆。たんたんと進めていくと、思わぬことを登場人物が話したり、予定していなかった思わぬシーンが現れたりする。書こうと考えていなかったことが、

9月12日(火)

朝一で先週の検査結果を聞きに大学病院へ。さすがに初診じゃないからすぐだろうと思っていたが、担当医が体調不良で休みとのことで、代診でいいか聞かれる。ほかに選択肢もないので了承すると、「時間がかかってすみません」とのこと。大学病院ってそれぞれが町のクリニックじゃ対応できない症例を抱えているから、診察時間もかかるんだろう。

今日は子どもたちが多い。遠視なのか、目の大きさが変わるめがねをかけてる。子どもの呼び出しアナウンスは「○○くん」「○○ちゃん」だ。のびたくんの幼稚園時代を実写にしたって感じの子が待合室の前の席に座っていて、セブンイレブンのジューシーハムサンドを食べていてうらやましい。コンビニで買うサンドイッチは、これって決めている。はじめの2つを一気に食べたのびたくんは、最後のひとつを慈しむように、ぜんたいをまずゆっくり眺めたあと、右手でサンドイッチがスキップして口に近づいてくるような動きをして、ひとくちずつ食べていた。口が近づくんじゃなくて、サンドイッチの方から近づいてくる。ぼくも子どもの時にやっていた。

ぶどう膜炎は、非感染症の場合、ベーチェット病、サルコイドースシス、原田病などの初期症状としてあらわれるらしい。検査結果的に、それのどれでもなさそうで、ただツベルクリン反応がかなり強く出ているので、結核性のなにかかも、とのこと。今日も採血して、また来週くることに。

大学病院の採血の場所は地下で、10個くらいブースがあって、受付のお姉さんが場違いな感じの美人。全員が血を抜かれるために待っている。いろんな病気やそのうたがいのある人が、一同に血を抜かれるためだけに待っているのは、なにかおもしろい。血を抜かれるという共通点が、ゆるめの連帯をはぐくんでいる感じがする。

目当てのバスの時間があわなくて、仙川にはじめて降りた。小さくてかわいい、多摩というより世田谷のはじという雰囲気の、歩いていて楽しい町。涼しくなったらまた来たい。きれいな煮干しラーメンを食べる。メンマがぼくは好きで、小刻みに麺をたべる間にはさみたいから、小さめか細めであってほしい、ということをはじめて感じれた。そうだったのか。カウンターのお客がぜんいん女性だった。

9月13日(水)

ありなちゃんの多摩美での特別講義に、じゅんちゃんを送る体でゆく。あさとくんが車で来て、ひろいなあ、といっているから、母校でもないのに案内して、ふたりで連続2時限のうち1コマだけ受けて、いわなのミーティングもした。多摩美はほんとうにすばらしい場所で、ここに通って、講義が終わったら近くに住んでる誰かの下宿でえいえんに語り合うような郊外型のキャンパスライフを送ってみたかった。と、来るたびに毎年思う。

講義が終わって、東学っていう食堂に行く。じゅんちゃんが頼んだカレーを職員さんがトッピングを間違ってしまったらしく、おおきな唐揚げが3つと温泉卵がのっていて「よかったら召し上がってください」と渡された。盛りもすごくて、学生の思う夢のカレー、みたいな状態になっている。ぼくは日替わり丼、今日は、鳥からあげのチリどんぶり、らしい。

もう4、5年前なのか、同じようにしょうちゃんが特別講義をやったとき、たかくらとMJを誘って一緒に聴講した。たかくらは久々の多摩美で、MJは文化服装学院出身だから「大学ってこんな感じなのね~すてき~」と話していた。その日がすごくじんわりと楽しかったことをおぼえていて、でもそれはこの場所に来て、近しい体験を今日またしたから思い出せたことで、そうでなかったら、じゃあこの好ましい記憶は忘れられていたのか。

たぶん、そうではなくて、覚えているけれど、すぐ出せるわけでも出す必要があるわけでもない、そういうフォルダか引き出しか、みたいなところにあの日の思いではしまわれているのだと思う。そういう場所にはだいたい、好ましい記憶がしまわれている気がする。

9月14日(木)

夜、ひさびさにトークイベントに出かけてみる。こばへんと廣田さんの対談で「Next EditorShip:偏す富者がビジネスリーダーになる時代」というタイトルがつけられていた。会場はインフォバーンで、この下のメディアジーンにぼくが「ROOMIE」のゲスト編集長として通っていたのは、6年くらい前になるのか。『青の輪郭』の執筆が、現在のぼくを過去の物語とつながる座標に引っ張ってゆく。せっかくの回で場所なので、五十嵐さんを誘った。

会場につくと、廣田さんがすぐに気づいてくれて、それでこばへんも気づいてくれた。久々のひとに顔を覚えていてもらえるとうれしい。話を聞いてメモしながら、こういうイベントも久しく来ていないなあと色々思い出す。オルタナティブな編集者としてのキャリアを確立していったこばへんと、編集者的人文知でマーケターやリサーチャーの仕事をしてきた廣田さんの話が響き合って、それぞれの事例が事例を呼んでゆく。こばへんが「世界は台割と愛でできている」といっていて、こういう語りをする人だったなあと思い出す。

ぼくが最初にかれ(ら)の仕事に触れたのは小学生の時で、それが日英併記の百科事典『ワーズ・ワード―絵でひく英和大図鑑』だった。(ら)としたのは、今田さんの仕事でもあるからだ。これは小学生のとき愛読書のひとつで、毎日なんども見ていた。そのあと、日本創刊版の『WIRED』に触れて、特色をふんだんに使った表紙にびっくりしたり、奥付にもうけられた「Mind Ware」の表記に震えた。はじめてぼくが商業媒体に原稿を書かせてもらったのは『サイゾー』で、それはこばへんがつくった雑誌でもある。人生の折り目折り目でかれのつくったメディアに触れていて、そういうことがこの世界ではある。

懇親会はごあいさつだけして、五十嵐さんとイサーン食堂へ。イサーンソーセージやひき肉ともち米と食感のいいなにかの入ったサラダ、メコンウイスキーのソーダ割。編集とメディアをキーワードに、思い出の中に入りながら自分の考えをぶつけ合うような話し方になっていて、それが懐かしくて気持ちいい。スタートアップがパンクだった時代、ジャ・ジャンクーの「過激な中庸」の話、場所というメディア、LAとアルメニア、コーカサス地方の文化の混ざり、イサーンの酸味。

ぼくたちがluteでやった仕事について「めっちゃおもしろかったけど、ちょっと早すぎたよね」と人に言われることが多くて、自分でもまあそうだなと思うから「そうなんすよね」ってこれまで多くの人に返してた。その返し方がずっとしっくり来ていなくて、いつの日か見つかった。

「でね、五十嵐さん、こう返せばいいって思ったんですよ」
「え、どんな感じ」
「そう、ぼくたちはいつも早いんですよ。勉強してますからね。早すぎるかどうかとか、知らないですよ。それでいい。編集者って、本質的にはディストリビューターでもマーケターでもない。ましてやその価値を最大化して刈り取るのは、本来ぼくたちの仕事じゃない、って」

帰り道、渋谷まで一緒に歩きながら、こういう風にしてしゃべったあと歩くと、渋谷もいい町ですね、と口から自然に言葉がこぼれた。そうだよねえ、と五十嵐さんもいった。

9月15日(金)

夜、じゅんちゃんと外に出て、うどんを食べた。丸亀製麺。小上がりで食べると旅行のような気持ちになる。うどん札ってやつ、集めたことないけど、2枚もらえて、3枚になるとトッピングがなにかもらえる。食べ終わって返却口に食器を返したら、そこに1枚落ちていた。とっさにひろおうとしたら、お出汁がついてべちょべちょになってて、捨てた。『青の輪郭』で今書いている20歳のぼくだったら、迷わずひろっていただろう。常におなかが空いていて、つねにもっとなにか食べたかった、健康で、物足りなさに満ちていた。

本屋に寄って、道草晴子『完本 みちくさ日記』、斎藤潤一郎『武蔵野』、今村夏子『こちらあみ子』を買う。そのまま喫茶店にいってつまみ読む。じゅんちゃんは何もしてなくて、「これ読む?」とまんが2冊を差し出しても、読まないという。何もしない、をしているらしい。すごい。ぼくにはできないことだ。夜ごはんをすませて、喫茶店で本を読んだり書いたりは、とてもいいことに感じる。またしたい。

具合がへん。もうレベルもカンストしているのに、『UFC4』をえんえんとやってしまう。輪郭がなくなって、何か世界の側から押されるような手応えを探してる気がする。

9月16日(土)

具合が悪い。何をしようとしても「しないほうがいいんじゃないか?」とばかり感じてします。今週、それがずっと続いていて、今日も抜けない。いい加減アクティブになりたくて、昨夜は「明日、相模湖まで行ってみる?」とかいってたけど、全然無理だ。うまくいってないことを頭に書き出す。

・4年前の未請求案件についての事務的なあれこれ
・『青の輪郭』の執筆
・ニュースレター出せてない
・家がきたない
・左肩がまだ痛い
・左目が不安
・運動ができてない
・柔術いけてない
・柔術のジム変えたい

とりあえず事務的なあれこれをやっつけて、お昼ふたりで外に出た。ドアから出てエレベーターホールに出たところで、すでに帰りたい。ぴーぴーいいながらも出る。理想は図書館に行くこと、その道のりの中で、まだ入ったことのないお店でランチをすること。でもそんなの全然無理に思える。変更、駅ビルに行った。なにが食べたいか、なにもわからないし、そんなこともわからない自分がどうしようもない存在に思える。できないことばっかりだし、こんなのじゃ子どもが生まれても父親としてだめすぎる。というか、大人として、というか、人としてだめすぎる。

歩きながら意識がだんだん遠のいて、それなのに、聴覚と嗅覚が鋭敏すぎる。乗っているエスカレーターのノイズと、フロア反対側のはじの売り場でスタッフが備品を落とした音が同じレベルで入ってくる。土日で混んでて、汗をかいた人の体臭と、クレープ、バナナジュース、トイレ掃除の洗剤と、汚水を吸ったモップのもじゃもじゃと、出入り口で執拗にまかれたアルコール、そのすべてのにおいが一気に鼻に入り込む。

フードコートまで行くも音の反響に絶えられず、戻って、今度はまた別のビルに入って、もつ鍋屋さんのお昼の定食を食べることにして、そしたらランチは先会計ということで、レジ前でメニューを決めなくちゃいけない。想定外。終わった。そんなことできない。世界は今すぐ滅んだほうがいい。心臓が破裂しそうなBPMだ。なんとか決めて席につくと、空調があまり効いていない。想定外。終わった。世界は今すぐ滅んだ方がいい。ん? それ誰がいっているの? 耳をふさぐ。頭を抱える。

「もうだいじょうぶだから、出よっか」

そうしよう。じゅんちゃんがお店の人にいって、カードで会計してたけど、返金してくれた。お店の中で自分の頭をぼんぼん殴っていたらしい。久々にここまでになってしまった。お弁当を買って変える。選べないからふたつ買った。肉屋さんがあって、そこに売っていたメンチカツが、ぶあつくなくて、コロッケみたいな形で、それがうれしくてそれも買った。なのに、帰り道にCoCo壱に入った。マッサマンカレーをたべたら、落ち着いた。

こういう自分がほんとうにいやで、でも10年弱経ってもまだ根本的な扱いがわからない。不調のグラデーションはなんとなくあって、たとえば10で死にそうなら、8の場合、外出はNGだ。4なら、エイや!で外に出て改善されることが多い。問題はその瞬間の自分の不調がどの数値なのかわからないことだ。わからないから、行動を決定するための筋道とロジックが経たない。成長も発展もない。同じところをぐるぐるまわってる気がして、悲しい。数字にできるのは、いつも過ぎ去ってから。

カレーが効いてとたんに元気になる。コーラもおやつも買って、今日は子どもの気分の午後を過ごそうと思って、『ガメラ大怪獣空中決戦』をNetflixで見る。アニメのほうを見ていたら、実写を見たくなったのだ。平成ガメラシリーズのことは、もっと書きたい。から、これは明日書こう。

永井玲衣さんがtheLetterでニュースレターはじめてて、それに触発されてひさびさに書いた。かんたんなやつでいいから、毎週出そう。

『完本 みちくさ日記』『武蔵野』どっちも読み終わる。読み終わってから、どちらも作者の過ごした時間をベースにした物語だってことに気づいた。なるほど。

9月17日(日)

平成ガメラシリーズ、最初は1995年の昨日見た『ガメラ大怪獣空中大決戦』。これを映画館でたしか母とふたりで見た。映画というのはそれまで、ゴジラを父親と一緒に当時栄にあったエンゼル東宝という映画館で見るものだった。小さな子どもようのざぶとんを家から持って行って、それを座席に敷いて少しだけ高くしてもらう。見終わったら毎回パンフレットを買ってもらい(ねだらなくても、毎回父が買っていた。映画体験はパンフレットを買うことがセットなのだと思っていた)、それを帰りのバスで、酔わないようにちょっとだけ読む。

そういう映画体験が続かなくなったのは、父が1年のうち200日くらいを中国ほかアジアの国々で過ごすことになったからで、だから代わりに母が映画に連れて行ってくれたのだろう。母と最初に見に行ったのは初代の『ジュラシックパーク』で、調べるとこれが1993年。いつもは父と一緒だから、母が頼りなく感じたし、ゴジラと違って『ジュラシックパーク』はある種のパニックムービーだから、こわかった。ラプトルから隠れる厨房のシーンでは、身体をシートの上で縮ませて一緒に隠れていた。

平成ゴジラシリーズはといえば、1991年の『ゴジラVSキングギドラ』から観に行っていて、父とみた最後はおそらく『ゴジラVSメカゴジラ』で、これが1993年。つまり1993年からはしばらく母と映画を観に行くことになったようだった。

そういう中のガメラだ。ゴジラと違ってガメラは常に、人を襲う怪獣と戦う。なんか民俗学的な古代文明とのつながりがある。あと、子どもがリンクしてガメラとコミュニケーションを取る依り代的な存在になる。それでも自衛隊はガメラを攻撃してしまう。そういう設定を1995年、9歳のぼくはどこまで読み解けていたかわからないけれど、「違うよ!ガメラは味方なんだよ!」と思いながら、ガメラと子どもたちを応援するというのが楽しくて、なんだかみんなに人気なゴジラよりも、疑いをかけられながらも戦うガメラの方に、オルタナティブなかっこよさを感じていたのだった。

というのを、Netflixの『GAMERA -Rebirth-』を観ていて思い出して、このアニメの脚本はいささか乱暴すぎるのもあって、こうやって平成ガメラに戻ってきたのだった。フィギュアがほしくなった。

土日だから駅ビルが混んでる。こういう時は、この辺の人があまり知らない自治体が絡んでるカフェにゆく。先週取りこぼした日記をここで取り返す。最近執筆するために外に出るとき『新潮』の日記特集をよく持って行く。これはいろんな書き手のテクストのショウケースで、筆が止まったときの助けになる。

じゅんちゃんの部屋に、ぼくのいましろたかし『新釣れんボーイ』があって、読み直す。唐突に「マンガは映画や絵より小説に近い表現だ!」みたいないましろさんの持論が展開されるシーンがあった。視覚言語としての、記号としてのマンガ表現の絵の部分のあり方が語られていて、思わずじゅんちゃんに見せた。そして、よく考えるとこの作品も主人公・ひましろの日常が描かれている、日記文学的な作品でもある。なるほど。

『Starfield』少しだけ進める。やっぱり途中で落ちてしまう。ハードウェアの問題か、ソフトとハードの相性なのか、不明。『ダ・ヴィンチ』の京極夏彦特集を読む。30周年らしく、ファンからの質問に答えているのだけど、そっけなくてとてもいい。

以下サマライズしたQ&A

Q.「百鬼夜行」シリーズのお気に入りのシーンは?
A.ないですねえ

Q.登場人物の名前はどう決めていますか?
A.適当にキーを打って最初に出た字のままです。名前なんて記号ですから、わかればいいので。

Q.「百鬼夜行」シリーズでお気に入りのキャラクターは誰ですか?
A.別に誰一人気に入ってはいないですね。著者にとっては小説の一部ですし。

Q.ストーリーを考える時は、どのような順番で組み立てていらっしゃるのでしょうか(49・女)

A.ストーリーは考えません。構造は考えますが、ストーリーないんですよ、僕の小説。ストーリーがあればあらすじが書けるんですが、僕の小説はあらすじが書けないといわれます。

なるほど。