武田俊

2023.10.13

空中日記 #102|無、だよ。ただの大きなはらっぱ

9月18日(月)

祝日らしいけど関係なく過ごす。休みの日に、必要以上に休みっぽく過ごしてしまうと体調を壊してしまうので、自分の状態にあわせて考えるのがよい。『青の輪郭』の続きをやろうとしたら、なぜか覚書の方が書きたくなったようで、やる。やりたい方をやるのがよい。あっというまに4000字弱生産。一晩寝かして明日アップしようと思ったとき、肉を寝かせる、みたいなイメージがわいて、料理だよと思うと楽しくなる。テキストはデジタル化してしまって、質量を持たないから、実体化している好きなことでイメージをたぐり直すのはいいかもしれない。

夜、じゅんちゃんお迎え。やっと大学内の車両入構許可証をもらってきてくれたので、これでどうどうと入れる。ビバホームに寄る。明日釣りに行けたらと思って準備をしていたらC3のボディのネジが、ひとつを残して全部外れていた。80年代のリールである。これって買えるものかしら? と思って調べると、M3という企画のボルトで長さは8mmだという。ビバホームはむちゃくちゃでかい。
「ここってもともとなんだったの?」
「無、だよ。ただの大きなはらっぱ」
ただの大きなはらっぱには、あらゆる規格のボルトがあるみたいで、目当てのそれはすぐに見つかった。

オリーブの丘ってファミレスみたいなとこに寄る。
「子どもが産まれてこういうところに通っていたら、ごはんは猫のロボットが持ってくるものって思うんだね」
「たしかに! 人が持ってくるところに行ったら『ここはまだ人が運んでるね』『なつかしいね』とかいうかもしれないね」
メニューがめちゃくちゃ安い。エビのリゾット、ムール貝、ほうれん草のソテー、なすとベーコンのボロネーゼを頼む。食後に、天然パーマのすごいボリュームみたいなモンブランも頼む。これは固めのプリンの上にバニラアイスを置いて、その上にたくさんのマロンクリームの髪の毛で覆い隠したという無茶なもの。プリンの上に乗っているので、猫のロボットが運んでくるあいだにも、ぼよんぼよんと揺れていて、にやにやしてしまう。それを受け取っていたら、猫のロボットのひたいくらいの位置に「ミラノ」と書いてあって、それがかれの名前のようだった。

9月19日(火)

1日執筆するぞという1日。午前に「はじめて子を持つぼく(たち)のための覚書」の3回目をアップして、何人かの読んでほしい友人におしらせする。SNSでの告知がほんとうに苦手になってしまい、それは自分自身の作品なのかあるいは複数人でやっている仕事なのかに関わらずで、どうしてものかと毎回思う。

出て、うどん。ぶっかけ冷やと磯辺揚げ。丸亀でも何でもいいんだけど、外でうどんを食べるになぜかハマってる。グルテンとかま、いっか、という気持ち。ただうどんチェーンに入ってたんぱく質を求めると、どうしても揚げ物にいきがちなのが悩みだ。かしわ天、衣をとって食べるのは、ちょっとできない(食べてしまう)。
カフェ2軒はしごして『青の輪郭』書く。もう自己検閲しないこと、一本道でただまっすぐに書けばいいこと、初稿だとひらきなおること。もう何度も学んでわかっているそれらを思い浮かべながら進んでも、15分に1回は集中が切れ、執筆にかけられた5時間ほどのあいだ、5回は「こんなもの仕上げても、いったい誰が読むんだろうか……」と考えこんでしまう。

「誰も読まなくたっていいじゃん。自分のために書きなよ」

そういうふうにかけてもらった言葉を思い出しながら、でも、ぼくは自分の書いたことをほぼ読み返さないので、んんーとなってしまった。気力が尽きたところで、Spotifyにつくった『青の輪郭』用のプレイリストをかけると再開できる。

ところで、自分のテキストを読み返すことはしないのに、この空中日記を途切れつつも5年続けているのは、なんでなんだろう?

9月20日(水)

朝、大学病院。引き続きぶどう膜炎の原因特定を進めてゆくのだが、結核に関しては陰性で可能性から外れた。50個ほどの原因の疾患があるらしく、かつ、そのうとい3割は原因不明のまま終わるという。現状では、ポスナーシュロスマン症候群との診断名をもらう。これは明確な自覚症状がないまま、突然40mmHG以上の著しい高眼圧になるというもの。数時間から数週間で回復するが、再発を繰り返すことでも知られているという。

まためんどうなものになってしまったが、そんなに落ち込まない。もう病やけがにはずいぶん慣れてしまってて、症状が落ち着いてさえいてくれればいい。眼科では炎症の数値を調べるために瞳孔がひらきっぱになる目薬をさす。それは散瞳薬って呼ばれている。散瞳って字面は、なんだかかっこよく、詩的なイメージがひろがるから気に入っているけど、させばピントも絞りもあわなくなってまぶしいし見えないのでいやだ。

午後、新規PJのMTG。ひとつ仕事がクローズすると、いつもこうやってさらに新しくおもしろいものが舞い込んでくるのが、ぼくの人生。毎回このパターンがある。2時間強、3人でアイデアを練り練りする。

夜、定例の同い年オルタナティブ編集者の集い。今日はゲストに奥村を呼んだ。版元や組織に所属することなく、在野で仲間づくりをして仕事をしているなつかしい仲間。宮崎料理を食べて、ぼくは頼まなかったけど、ひさびさに目の前でメガジョッキっていうものを見た。鳥のたたき、炭火焼き、ホルモン、めっちゃおおきな大根と明太子のサラダ、都城限定の霧島をソーダで。

「そういえば、武田の妊娠のエッセイのあたらしい回もめっちゃよかったなあ。なぜかおれのところに『武田さんのあれ、めちゃいいですよね』って連絡きたりしてるよ」
といまいがいって、うれしくなる。

はないくんのレコードバーに行ったら、あのお店の感じがいいのと照明がいいのとで、一気にほんとうにしたい話がぶわあと広がっていく。あっというまに終電の時間になって、今日ぼくはまっすぐ帰るつもりだったのに、どうでもいい、この時間をもっと続けたい気持ちでいっぱいになる。今井が「武田は帰る時間だよ」といって、いやだなあと思う。
「じゃあここで会計して、一緒に帰ろうな」
と今井がいうと
「今井さん、めっちゃ優しいやん。武田よかったなあ」
と奥村がいった。
「はないくんはどうするの?」
「おれは、自分のボトルあるしまだいますよ」
「それなら、ぼくもまだいたい」
そういうと、いまいが
「武田さ、今日だけじゃないんだよ。ここで帰ると明日後悔がなくて、また来月が楽しみになるよ」
といった。

しぶしぶ従い「開始直後にこのモードの中でみんなと語り合いたい!」といいながら帰りの用意をしていると、「じゃあ次回は早めスタートにしようね」とみんないう。みんな優しい。

店の外に出てみるとけっこう疲労していて、はやく家に到着したい、とさっきまでの熱量はどこにいったの? というくらいあっけらかんと思って、ほんとうに自分の気分の移り変わりの早さは信頼できない……と思う。

帰路、頭の中にたくさんの熱っぽいことばが飛び交う。ほんとうにしたい話の、コアな部分をぶつけあえた時間が、ほんとうにうれしいみたいで、それをメモしていた。電車の中で、どういう話の流れだったか、はないくんが「大丈夫です。武田さんはこの中の誰よりもまっとうでありながら、誰よりも狂ってますから」といっていたことを思いだして、それをとてもうれしいことだと思う。ほんとうの友だちをのぞいて多くの人が、ぼくをとてもまっとうな人か、とても狂ってる人か、そのいずれかで判断してくることが多い。

9月21日(木)

昨日どたどただったので、『青の輪郭』のスケジュールがやばい。できるだけ生活のタイムラインを変えないで、毎日同じ時間に執筆の作業を行うのが重要だってわかっているけど、なかなかそうもいかないところが難しい。執筆のエンジンはかなりピーキーで気分屋で、それでも一度点火して回り始めれば、触っている限りすこしずつは進んでくれる。問題は止まってしまったときで、一度止まるとなかなか動いてくれない。だから、ちょっとでもいい、毎日「つづき」を書かなければいけない。

午後、いわなMTG。
そのあと執筆に全振りするぞ、と思っていたのだけど、仕込みにあまり時間をかけることができない新PJで動きがあって、そちらに急いで対処する。といっても、ソファに寝転んでるだけだ。そのあいだにオファーの連絡をして、それがすぐに戻ってきたから、対応の方針をチームで話して、その結果を伝え新たにオファーし、その説明のために急遽zoomで話すことにして──って書くとけっこうなことをやっているし、脳はフル回転しているので、臨時のzoom MTGが終わるともう日がくれていて、ぐったりしていた。

ごはん食べて20時過ぎにやっと自分の部屋に入って執筆。エネルギーが足りないので、いつもより集中が続かない。『青の輪郭』用のプレイリストをかけると、一時的に復活する。エナジードリンクみたい。それをくり返して、やっと1時くらいに初稿の原稿ができたから、そこから推敲。このあたりからゾーンにはいって、全然疲れなくなってきた。深夜の力とライターズハイの悪魔合体。3時半に、これでできたかな、という形になって(いつも思うけど、これでおしまい! っていったいどんなふうに判断しているのだろう)、ごとうさんに送稿する。7000字くらい書いて、3000字くらい削った。

9月22日(金)

年齢を重ねると、回復が遅い、っていうのはよく聞く話だけど、じっさいのところ、自分の実感としては「回復のために長い睡眠をとれなくなる」な気がしてる。昨日ベッドに入ったのは4時くらい。なかなか寝つけなかったから、5時前に寝に入ったとする。それだと昔なら、お昼過ぎくらいまで寝ることができていた。今日は起きたのが10時前とかだった。ぐったり。

大学後期の最初の授業の日なのに、用意が甘かったことを思い出して、あわててGoogle classroomの仕込みをする。UIが独特なので、操作を思い出すのに時間がかかるが、やっぱり好きなサービスのひとつだなあと思う。Keynoteも整え終わって市ヶ谷につくと雨が降り始めてて、もう体が動きたくないって感じになったから、コンビニでモンスターを買って飲んだ。授業中に飲むと炭酸でゲップでそうになって、それがマイクを通して伝わりかねない、ということは前期に学んだ。

9月23日(土)

両手いっぱいからこぼれ落ちるほど、歯が抜ける夢を見て起きた。こんなにたくさん歯が抜けるなんておかしい、と思って手の中にこんもりと積もっている歯を見ると、どれも半分くらい透き通っていって、途中から「ほんとうにこれは歯なのか?」と考える、というものだった。

歯が抜ける 夢
で検索。こういう時、サイトによって夢解釈が全然違ったりしてて、まあそれはいいんだけど、常識とか合理的な解釈とは関係ない世界のはなしだから、どんなサイトに乗っているものが占いとして「ただしい」のかわからないのだな、と思う。大量の歯が抜ける夢として出てきたのは、生活環境が一変する前触れ、というもの。まあ6週間後にはじめて子どもが産まれる予定なのだから、夢で歯がぼろぼろ抜けるのも当然だ、と思う。
川上未映子『すべて真夜中の恋人たち』を読む。この人の、語りと情緒のドライブのバランスや、漢字にするかひらくかの選択によって生まれるリズムや、視覚的な効果が好みなんだなあとあらためて思う。そしてこの感想は本好きの女性にはすぐに理解・共感され、男性の本好きの友人には、1人をのぞいて理解されたことがない。

『青の輪郭』今日は、来週ぶんのプロットの仕込み。プロットといっても書きすぎてもがんじがらめで動けないというか、どのみちそれに従わないのは明白なので、書きたいシーンを簡単にまとめるくらいにする。最初WorkFlowyでやってみて、うまくいかず、Notionでもしっくりこず、もっと手ごね、みたいな方がいいかと思って、手でノートにやったらうまくいった。自分の中で自己検閲の呪縛から離れるには、できるだけ創作にデジタル機器を使わないのがいいのかもしれない。とくにPCには触れない。PCはぼくにとって、あらゆる意味でリサーチとエディットのデバイスとして認識されているみたい。
これを夕方までに終えたら、夜にプロットに従って本文を書きたくなってきた。たかくらに相談。
「おれ、メモだけしてやらないかな~。明日の楽しみにしてとく!」
からはじまる会話で、めちゃ参考になる考え方をたくさん教わる。

たかくらとはもう15年とかの友だちだけど、かれは出会ったころから作家で、ぼくは見習い編集者だった。たかくらが作家になったのが15年前だとして、ぼくがはまだ作家になろうとしているだけの立場だから、キャリアゼロ。15年ぶんの蓄積があるから、こういうことばがふらっと出てくる。で、ぼくにいいところがあるとすると、それはただ素直に聞いて従うところ。従って、今日はやめにした。

9月24日(日)

窓を開けたら完全に秋の気温になっていた。風の通り方、なで方も違う。それをふたりで喜びあって、結果、午前はそれぞれの部屋で作業をする『青の輪郭』のごとうさんのアカの反映。ごとうさんは関西方面に出かけているみたいで、入稿をひさびさにかわりにやってあげる。自分もできるけど他人のタスクを、たまにかわりにやってあげるのは好き。

この気温の、この感じ。急に涼しくなって、快適だけどどこか寂しさが漂っている感じ。これは知っているぞと思い出そうとすると、それは大学1年の夏に、地元から一緒に出てきた彼女にふられ、そのあと読み始めた古谷実『シガテラ』に夢中になっていたときの気温で、そのときの気分の輪郭がまるっと出てきた。ひとりぼっちで、でもやっと慣れてきた沼袋や中野の町に少し楽しみを感じはじめてて、でも彼女はもういなくて、マンガの中には最強の彼女の象徴としてのキャラクター・南雲さんがいて、魅力的で────。未来への期待と、もう二度と取り戻せない時間とがぐちゃぐちゃになった中で過ごした20歳の秋のはじまりの気温だった。

『青の輪郭』17話起筆。0→1292字。バタバタの中で、寝る前に1時間書けて偉かったシーンのはじまりは、毎回ギアを1速から入れなきゃだから大変だけど、こうやってすき間でもやってみるのがいい。フィジカルのノートにログはとっているけれど、一覧できるといいだろうと思ってスプレッドシートをつくる。タイトルは「テキスト生産表」。創作とか執筆とか、便宜的につかっているけれど、そういう芸術っぽいいい方はしないほうがよさそう。もっとインダストリーな感じで、工程をたんたん進めて生産管理をするような形が、「抜け」を生んでくれる気がする。

pomeraの設定を変えてみる。まずモニターを白黒反転にしてみた。けっこうこれはしっくりきた。エンジニアがコードを書くような気分。理系な気持ちが何かを解放してくれる感じがする。むずかしいのは級数で、ふだんは20dotというのにしている。さっき『青の輪郭』を試しに24dotにしてみたら、ちょっとぶさいくな大きさなんだけど、すぐに1行が埋まっていって「生産効率」が上がっている錯覚が起きるから、気楽にすすんだ。これいいじゃんと思って日記に移ったら、とたんに微妙になる。日記の場合はアウトラインモードにしているということも、影響してるのかもしれない。