武田俊

2023.11.20

空中日記 #105|車、原宿、赤ちゃんイベント、タスヤード、知らない週末

10月9日(月)

疲労困憊。昼前やっと身体を起こして、11匹さばいた。大名おろしにして、片方は中骨をつけたまま、蒲焼きみたいにした。もう片方はおさしみと、細切りにしてユッケみたいにした。せっかくだから何かを巻いて焼くやつもしたかったけど、力が足りなかった。父のピアノの先生にもおすそわけ。そのあと父とふたりで「小さくても太刀魚はうまいねえ」といいながら食べたが、同時に太刀魚はめずらしく大きければ大きいほどおいしい魚だということを思い出した。

10月10日(火)

1日ぐったり。

10月11日(水)

新プロジェクトの定例。仕込みもいよいよ大詰めで、来週いよいよという感じ。そのあと東京スポーツ整形外科へ。痛みが残る左肩を見てもらって、いろんな動きをさせられる。ちょうどV1アームロックの動きで負荷をかけられたとき、小さな悲鳴みたいなのが出て、受傷から2ヶ月強経ってそれだけ痛いと、やっぱり手術したほうがいいかもなあと先生がいった。近く生理食塩水を注射してからMRIをやることに。

夜、横田さんとよよぎあん。お通しはホタテのタルタル。ほかにぎんなん、にしんの切れ込み、かつおのねぎぬた、里芋の揚げだしなど。フラミンゴっていう焼酎を頼んでみたら「すみません、フラミンゴ、赤を切らせていて、青でもいいですか?」といわれる。わからないので、はい、というと、出てきたボトルには青いコウテイペンギンが描かれていて、フラミンゴ?の青?となった。

子どものこと、仕事のこと。最近自分の頭の中をずっと回り続けていることを、たくさんたくさん話す。話したりなくなってタクシー乗って下北へ。ぐらばーで話して、そのあとふたりでカラオケにいった。横田さんにとっては忘れていたような夜で、ぼくにとってはしばらく訪れないような夜で、そのことをそう話さないままに、けれどきっとそれぞれがどこかで感じながら一緒に過ごせた。

10月12日(木)

11時前に起きる。ぐったり。家事だけやって、夕方溝の口へ。奥村と、一緒にやりたいと思ってるプロジェクトについて話す。溝の口は線路沿いにもつ焼き屋さん通り、のような古いアーケードがあって、闇市跡なのだろう。久々にこの感じ、と思った。味噌味のレバ、ハツ、とろたん、牛ハラミ、チョレギサラダ、カクテキ。ベビーカーの選び方、保育園の考え方、いろいろ話す。奥村の息子は1歳7ヶ月で、二語文を話しはじめた。それで「パパ、いる」という。

「パパ、いる。いいねえ」
「言語の世界へようこそ、て感じやねん。それでな、武田が自分の子どもが話し始めたら、それをどんなふうに言葉にするんやろな。それ、めっちゃ楽しみだわ」
「なんだ、それ。でもぼくも楽しみだなあ」
「めっちゃ変化が早いから、ぼくは1歳までは育児にフルコミットしよう、って思ってしてたんよ。武田もそれおすすめよ」

10月13日(金)

空中日記のサムネに使っている写真の多くはX-E4で撮影されたものが多くて、これはフジの中でも最も小さなミラーレス1眼で、とても気に入っている。余分な意匠を廃したデザインがよくて、それ故にグリップすらなくなっているのだけど、そのぶん道具として愛着が湧いている。けど、このカメラですらぼくには邪魔に思えてしまって、ついつい持ち歩くのがめんどうになる。

首から下げることすらおっくうで、ならばポケットに入るようなサイズがいい。となると、もうGRしか選択肢はないわけで、この日から古いGRⅡをふたたび持ちあるくことにした。せめて設定を少し変えて、まるで新しい中古カメラを手に入れた気持ちになってみようと思ったら、まんまとそれに成功して、さらに自分が見ている世界に近い色も再現できるようになっていた。

金曜は法政での情報メディア演習の日なので、15年前の通学路を撮る。16時半、ちょうど傾いてきた光がばしっと走っていて、それを撮っていく。ああ、こういう光の中を通っていたのだと身体ぜんたいで思い出して行くとき、カメラはそういう道具にもなるのか、と思う。光にを採取する道具、その採取された光から思い出される光景がある。

10月14日(土)

外苑前にBALの展示会にゆく。展示会なんて何年ぶりだろうと思いながら、車でゆく。見つけた駐車場は打ち止めが2800円で、このあたりだと破格の安さだった。けど、まあ高い。この感覚は忘れたくないな、と思う。月見ルの上のギャラリーのようなとこが会場で、口開けのお客さんになった。空いているので、すいすいと見られて、ニットとフーディーとシューズに気になったものがあった。そろそろ柄ものって年じゃないかも、という荻堂さんに、だからこそ着るべきですよ、もう似合わないなって顔になるまで、着続けるべきです! となぜか声高に宣言していて、だからぼくももう少し、特に夏場は柄ものを着てていいことにしようと思う。ブラウザアプリで注文できる形式らしいので、あとで考えることに。

ランチどうしようかわからなくなり、ふたりともこのあたりのランチのカードを持っていないので、表参道まで出たが、今度は人が多すぎて引き返す。もう見かけたところに入りましょう、といったところに、感じのいい白壁のトラットリアがあって、入りかけるも満席。くーとうなりながら通ったところに、また感じのいい天ぷら屋さんがあって、ランチの天丼は2000円とかで食べれるらしかった。ちょっといいランチになるけど、そういう休日だしいいだろう、と思って入ると、カウンターと個室ひとつのお店で、マダムとおじさんカップルなど、ふたまわりくらい上の世代のお客さんしかいなく、BALのロンTとスウェットのふたりぐみなので、浮いてしまう。それでも大将は親切にしてくれたし、味もよかった。今度また来よう、夜に会食で来てもよさそう。天青というお店。

10月15日(日)

朝、10時から原宿のBEAMS本社である、育児関係のイベントにお誘いをしてもらってじゅんちゃんとゆく。すごい雨。37週の妊婦がいるので、車にする。akippaで見つけた事前予約できる駐車場は3000円。1日これで駐めておける安心感を買う。せっかく1日駐めておけるのだから原宿を満喫したかったのだけど、この雨では無理そう、と思いながら、聖路加病院の学長のおばあちゃん先生からオキシトシンの話を聞いた。

抱っこひもはエルゴかベビービョルンというとこのにしようと思っていたけれど、それはキャリア型の話で、そのほかにもラップ型とかスリング型とかそういうのがある。どういう使い分けなのかわからないままいたけど、ちょっとわかった。ラップとは家とかであやしたいけど、両手が塞がりたくないときにやるようだ。で、それの実演できるようになっていたので、試させてもらう。bobaというブランドのもので5メートルの伸縮する布、それをくるくる身体に決められたルートで巻いていく。うまく出来上がったったスペースに人形の赤ちゃんを入れてみると、想像以上にぴったりとフィットしていて、これはなんていうか、カンガルーのおかあさんになったような気分。密着していて、それが心地よい感じがしていて、なんだかじわじわとした感動の芽生えみたいなものすらあって、あれ、ひょっとしてこれがオキシトシンの分泌か、と思う。オキシトシン、ぼくは人形でも出せるのかもしれない。

そういえば先生の話の中では、認知の歪みによって生まれてしまった、漠然とした不安感や、すべてをマイナスに考えてしまうような思考は、オキシトシンがいいらしい。思春期以来、起きている時間の半分くらいを漠然とした不安とともに過ごしてきたので、ひょっとしてぼくは子育てによってはじめて、まっとうな人間になれるのかもしれない。

外に出たら少し雨は弱まっていて、千駄ヶ谷小学校の方まで歩いて行って、タスヤードに入ってカレーを食べた。そうそう。スパイスを感じるのに甘めに味つけしてあって、お家カレーのようなのに、そうでないっていうこの味。じゅんちゃんはハヤシライス。ちょっともらったらそっちの方がおいしい。お店のシグネイチャーがそうでないメニューに負けることは、実はよくある。デザートにキャラメルバナナブレッド。車、原宿、赤ちゃんイベント、タスヤード。ちょっと前まで、そういう週末って想像したことすらなかった。多摩に帰ったら、なんだかとても疲れていた。