武田俊

2024.2.23

空中日記 #113|家の時代

1月1日(月)

毎年お正月、特に元旦を特別な1日にしようとしたり、大切に扱うと、それが理想とずれた時に大きなショックを受けて途端に体調を崩す。ので、今年はできるだけ普通に過ごそうと思っていた。Facebookなどでみんなが今年の仕事をまとめたり、来年の抱負を語ったりするのを見ていると、自分もやりたい、やらなきゃと思うが、さてほんとうにやりたいのか、やりたいならすぐやろう、ということを考えながら、ぼんやりと頭の中にあった来年のテーマは「気散じ」だった。

何事かをなそうとすると、それをできるだけ完璧にしたいと思う。そうでなくても、やる以上誠実に振る舞おうとするのは常で、すると力が入って途端に続けられなくなる。それが昔からずっと気がかりで、自分は怠惰で何もうまく続けられない不誠実な人間だって自己認識が育ってしまって、それで余計に誠実さを大切にしようとして、それは成功するのだけど、なお続けられない、みたいなことになっていた。もちろん飽きが早いこともあるし、続けることだけが価値ではないのだけど、創作となると続けなければ1冊の本にまとまらないし、何より続けていく時間の中の楽しみをいい加減知りたいという気持ちが強くって、そのためには「気散じ」、つまり集中するのではなく、常に気を散らして続けるような意識が、逆説的に自分にとっては何かの継続を促してくれるのではないかと思っている。

昨晩のイオは最初のターンで4時間以上寝てくれて、夜勤のシフトは2ターンですんだ。とてもありがたいけど、こっちがノンレム睡眠に入ったあたりだったので、起きるのがしんどい。6時過ぎにチェンジして、10時まで寝て、起きたら空腹でなぜかスパイスカレーをつくることにした。そう、お正月っぽくなくて全然よくて、それでもちょっとの特別がほしかったから、いつもより粒度を細かく玉ねぎをみじん切りにし、いつもより濃い茶色になるまで根気よくそれを炒めた。ホールのシナモンとクローブ、カルダモン、クミンシードをテンパリングして、玉ねぎを炒めて、トマトとあわせて、ターメリック、コリアンダー、レッドペッパーの基本3種と、ちょっとだけガラムマサラを入れて、複雑にしすぎないようにした。全部できたらお皿の上で、少しだけカスリメティを散らした。この苦みがよい。

最近イオは昼間寝なくなって、ぐずぐずしている。それを2人で部屋の中でひたすら受けているのもしんどいので、ベビービョルンつけて散歩。散歩に出るとすぐ寝てくれるから、すなわち運動と夫婦の会話が同時にできてとてもよい。

買っておいた豚肉をストウブで煮豚にする。レシピの調味液の濃度が想像より濃くて、それは水分がすくないからで不安になったものの、つくってみると、豚からしっかり水が出てくれるので問題ないようだった。冷やして味を入れたいので、今晩はおでんの残りと、煮豆、昆布巻き、伊達巻き、かまぼこ、松前漬けを食べることにした。黒いものが多い。良いタイミングでイオが寝てくれたので、夫婦の時間が持てて幸せ。ふたりで『ブラッシュアップライフ』をNetflixで見始める。これはノベルゲーム的な楽しさ。

夜当番しながら、年末から読み進めていた『ノルウェイの森』の続き。テレビを見ていないから克明な状況がわからないけれど、石川県での地震がとても心配。珠洲市というのは、たしか『スキップとローファー』の主人公の地元のモデルとなった町だ。

1月2日(火)

交代したのが6時過ぎで、目が覚めたのが10時半。もう少し寝れるようになりたい。起きると気温が低くて雨が降っていた。じゅんちゃんが買い置きのつけ麺をつくってくれる。ぼくは買わないものだから、ちょっと楽しい。昨日の煮豚も一緒に食べた。肩ロースを使ったけれど、それでも冷えた煮汁の上にびっくりするくらいのあぶらが浮いていて、それをスプーンですくうと小さなバニラアイスひとつぶんくらいとれた。全部捨てる。

午後からぐっと体調が落ち込んで、休ませてもらう。寝ながら、堀江敏幸『なずな』をひらく。これは刊行されたタイミングで買っていて、今じゃないな、と思ってそのまま開かず2024年になった。奥付を見ると出たのは2011年とあって、13年積まれていたことになる。表3を見ると定価が1800円。この分厚さで、著者自装のこの本が13年前にはこの価格でつくれていた。堀江敏幸の初版部数って絶妙に読みづらいけれど、それでも今つくったとしたら、2500円はくだらないだろうと思う。ぼんやりとした記憶では、中年男性がひとりで「なずな」という女の子を育てるはなし、だったのがひらいたら当たっていた。それどころか、作中の「なずな」は生後2ヶ月で、それはぴったりと今のイオの月齢に一致していた。こういうことがあるから、本は積んでおいてまったく問題がない。

今日はbobaでイオを散歩に連れて行く。連れて行くといっても、本人はまたたくまに寝てしまうから、夫婦ふたりでの貴重な運動と会話の時間。ブックオフに行ってすぐに出て、コンビニで切らしていた醤油となにかと思ってグミとオーザックを買った。

帰って『ノルウェイの森』。読み終わった。永井玲衣さんたちのpodcast『夜ふかしの読みあかし』で取り上げられていたのが再読のきっかけだったけど、今読めてとてもよかった。最初に読んだのはたしか中3の時で、いい年した大人が落ち込みながら、しゃれぶった暮らしをしてセックスばかりする、低俗で大衆的な作品にしか感じられなくて怒っていた。『世界の終わりとハードボイルドワンダーランド』なんて素晴らしい作品を書いた著者が、こんなもの書いて、しかもそれがベストセラーだなんて、まじでおわってる、って思ってた。

それを今読むと、出自や家庭や病や死別・離別など、与えられてしまった環境や出来事で大きく傷ついた20歳くらいの若者たちが、生と死のあいだの危うい場所で魂の交歓をもとめて身体を重ねてゆくしかない話として読めて、全然笑えなかった。かつて大人に見えた彼らは、37歳の今の自分から見ると、まだ大人になれない人生でもっとも危うい時間を過ごしている若者たちで、自分もまさしくそういう20歳の青年だった。そういえばこの物語は視点人物であるワタナベが、37歳の現在から過去を語るという構造になっていて、こういう符号って、やっぱり起こるときには起こる。今日は小説と現実が2つの場所で重なった日だ。

夜はじゅんちゃんがつくってくれた2色のそぼろ丼。昔お弁当がそれだとうれしかったやつを、夜に食べるのがちょっとおもしろい。イオが寝てくれたタイミングで、お菓子を広げながら『ブラッシュアップライフ』の続き。タイムリープもののパターンとして、主人公以外にもリープしているキャラクターがいるはず、というぼくの予言が的中した。地上派でやるにはトライアルな作品で、タイムリープものとして見るとロジックの甘さが気になるが、ショットと役者が良いので見れる。ツッコミながらああだこうだいっても見るのにちょうどいい作品。

羽田で旅客機が海上保安庁の輸送機にぶつかって炎上。乗員全員無事脱出、というニュースを見てなんてことだと思いつつ一安心していたら、海保側の飛行機の乗員5名が死亡という追加の情報を見てしまう。この輸送機は、被災地に支援物資を送り届けるミッションの途中だったという。

1月3日(水)

PCを開いて昨年末に出した情報メディア演習の課題を確認すると、1/3近い人数が期限内未提出で唖然とする。5年間非常勤講師をやってきてはじめての事態。さすがに……と思って、遅れは加味しないといけないけれど、課題をまだ受けつける旨を連絡する。

夜、多田ちゃんとたかくらと『バルターズゲート3』をマルチでプレイ。多田ちゃんがヘッドセットが壊れたということで、PS5での通信ができないなと思ったら、DiscordをPS5にリンクさせて、PS5上でボイチャができるとたかくらが教えてくれて、試す。

ちょっとびっくりした。あけましておめでとうが、ゲームを一緒にやるためのボイチャなのがなんだか楽しい。ゼルダティアキンを破って、GOTY(Game Of The Year)2023を獲得し6冠達成したのがこの『バルターズゲート3』なんだけど、とてもおもしろいけどクセが強い。マルチはどんな方式かなと思ったら、ソロプレイ中のキャラクターは使用できず、ホスト以外はマルチ用にまた作成する必要があることが判明。

全員で新キャラでプレイする。これがめちゃくちゃおもしろかった。もともとがTRPGなのもあって、会話でその後のシナリオがどんどん変化するのだけど、これをみんなでやると「さて、どうしよっか」「ここは戦い挑んだ方が……」「いや、調停した方が今後は楽になるはず」とか話し合って、ダイスを回すのがめっぽう楽しい。やったことないけど、たぶんTRPG本来の楽しみってここにあるんだろう。ぼくが注意深く進めていた罠だらけの宝物庫で、NPCがあっけなく罠を踏んで全員爆死したところで大爆笑。「押すなよ押すなよ」みたいな、笑い。

1月4日(木)

阿久津さんとゆうちゃん遊びに来る日。夜当番を終えて昼に目を覚ましてリビングに行くと、じゅんちゃんが掃除を進めててくれた。ソファの向きが全然おしゃべりに向いてなくて、それがここ1週間のぼくの懸念事項だったのだが、簡単な配置替えをしたら、それが想像よりもいい感じでうれしくなる。「ここっていう時に、ぼくはいい仕事をするでしょう!」と胸を張ったら、「別にいつもしてるよ」といわれて照れて黙る。

おもてなしをがんばらないように数日前から言われていて、それはそれで難しくって、でも時間が来てふたりが来ると、みるみる気持ちがほどけていって、特にがんばらなくても人を家にお招きしていいのだと身体が理解してゆく感じがあった。最高気温は15℃くらいで、イオを入れて5人も人間がいると、まるでエアコンを入れる必要がなかった。

他人と長時間ふれあうのが初めてだったので、どんな顔をするのかと思ったら、イオは終始ごきげんでうれしそうだった。今彼女の認知能力は日々、すごく進化していて、だから代わり映えのない部屋の中とかに、きっと飽きているんだと思う。せっかくなので、すぐ阿久津さんに抱っこをしてもらうと、ゆっくりとていねいに抱き上げて、そっと頭を支え、ゆるやかに揺れていて、う、うまい、と思った。性格がきっと出ていて、それをとても好ましいと思ったら、じゅんちゃんもゆうちゃんも同じように穏やかな表情でそれを見ていてた。イオはそのままゆっくりと眠りについて、全員が幸せになった。ゆうちゃんが最近はまっているという成城石井のクッキーがおいしくて、おそらく人生ではじめてクッキーがおいしい、と思った。

みんなが慣れていないし、イオがどうなるかわかんないし、ランチ後、夕ごはん前までのまったりタイムを過ごそうとしたのがちょうどいい具合だった。これで夕ごはんも一緒にってなると、準備もだし、その間何かあったときの対処だとか、色々と読めないことがあって疲れてしまってただろう。夕焼けが落ちるころ、ビョルンにイオを乗せて、みんなで緑道から夕日を見に行った。2人縦隊で並んで歩き、うしろのゆうちゃんとじゅんちゃんは最近ゆうちゃんが姪っ子と見てあらためて感動したというトトロについて話していて、ぼくはこの町の説明をし、阿久津さんは夕日が輪郭を切り取っている山の稜線をみていた。しみじみいい日で、こういう時間が自分の人生の中に存在するようになったことを、なぜだか頼もしく感じた。ぼくは阿久津さんに「家の時代が来た!」といった。

帰ってきてじゅんちゃんと幸せだったねえ、と話す。ぼくたちふたりのために、ぼくたちは家を整えたりすることが上手にできなくなっていて、それはより家族が作り上げられていった過程なのだけど、それならば自分たちの生活のために、他者をこの家に招き入れるということが実はヘルシーなのだろう。今年は色んな人と家で遊びたい。じゅんちゃんがそれについて何かいいことをいっていた。かっこよさを求めたり一緒に体験したりシェアしたりするイケてるホームパーティじゃなくて、自分たちのイケてなさを安心して披瀝できるおしゃべり会みたいなものが、今の自分たちにとっては必要な心地よさだ、みたいな感じのこと。

夜、『ブラッシュアップライフ』を最終回まで見る。こう終わったかあ、よくできている。地上派で求められるある種のわかりやすさのギリギリのライン上で、挑戦的な工夫をしていて、それがかっこよく感じられる。これを見ていると、これまで怯えていた女の子たちの集団的友情が、まっすぐにすてきでいいものに感じられてそれもよい。ぼく以上にじゅんちゃんが楽しんでいたことも、自分にとって楽しいことのようだった。

1月5日(金)

昨晩、もりだくさんの予定を終えて、イオは19時半にミルクを飲んだあと眠った。それで10時半にじゅんちゃんがお風呂から出て寝室に行くときもまだ寝ていた。このぶんなら0時には目を覚ましてミルクをほしがるだろうから、それまでゲームでもして、寝ついたらすぐお風呂に入ろう、と思って『UFC5』を立ち上げてプレイしていたら、気がついたら1時半だった。時計を見て驚き、え、生きてる?と不安になって見にいったら、ベビーベッドでくうくう寝息を立てていて安心した。合計で8時間まとまって眠っていた! これは快挙! でも気になってぼくは眠れなく、なかなかうまくいかない。

ずっとごはんをつくっていたのでだるくて、インドカレーを頼む。ぼくはマトン、じゅんちゃんはなすのキーマ。マトン一択にいつもなってしまうが、温め直してあげる流れでこっそり味見したら、なすのキーマがびっくりするほどおいしくて今度頼もうと思う。今日もイオは昼間寝ない。買い出しをかねてカフェへ。日記をえいやでまとめ直す。早くこれにきりをつけて、他のテキストを書きたい。日記は事実だけを淡々と書いたものを読むのが好きだけど、自分の日記は書いたそばから思考が流れていってしまって、全然そうならない。いつも好きなものと、自分の出力が違う。

夜、ストウブでチキンとキャベツと玉ねぎを無水調理する。楽でおいしくて野菜とたんぱく質をしっかりとれるもの、が今の生活では一番ありがたくて、冬ならストウブを使いまくればいいやとふと思った。キャベツ半玉を2度切って都合1/8のくし切りに。玉ねぎは1.5個分を、1/4カットのくしぎり。これを鍋底にしきつめるようにして、塩と香辛料。その上に包丁でつぶしたあと、適当に刻んだにんにく。残ってたにんじんのかけらも入れた。それら上に、下味と香りをつけた鶏ももを2枚敷く。えのきも入れたかったけど、スペースがなかった。ふたをして、中火にかけると、じゅうじゅう鳴ったあと無音になり、蒸気が出はじめるけど、それは無視。そのままにすると、だんだん蒸気が減り、何もなくなる。ここで極弱火にして40分。久々で塩加減が不安。塩が不足してると食材から水分がでなくて焦げつきかねない。びびって50ccくらい水を足す。出来上がって味見をすると、野菜のうまみ、甘み、鶏の脂がしっかり溶け込んだ、びっくりするくらい完成された味の煮汁にすべてが包まれている。じゅんちゃんたいそう喜ぶ。

鍵っ子さんの呼びかけたグループでの実作のために、買ったまま積んでたル=グウィン『文体の舵を取れ』をひらく。これめっちゃおもしろい。章ごとに座学的パートがあり、その中でテーマに沿って著者が選んだ事例が紹介され、最後にワークがある。事例の本もだし、グウィンの本も『ゲド戦記』くらいしか読んでないので読みたい本がどんどん増えるが、じっとがまんして課題をやろう。

1月6日(土)

SCC(新代田キャッチボールクラブ)の初投練習&飲みというのがあって、飲みの部だけ参加できるかなと思ったけど、イオが夜に全然寝てくれなかったのでへろへろで断念。身体が重くなってきたので、最近、長時間抱っこしたりげっぷをさせるときには、ダースチョークの形でクラッチを組んでいる。

それをInstagramストーリーズで説明しようとして、ダースチョークで画像検索してもなかなかわかりやすいものが出てこない。そもそも相手の首を抱えているわけだから、クラッチの形が見えにくい。ふと、「ダースとニンジャチョークとアナコンダチョークってどう違うんだっけ?」と思い、検索。これ、柔術始めたばかりの時に、同じことをやっていた。ダースは相手の脇→首の順でアームインするもの、ニンジャチョークは首だけでノーアーム、アナコンダチョークはダースの逆で先に首から入って相手の脇から抜けるもの。

夜、買ったまま数年積んでた岸本佐知子『死ぬまでに行きたい海』を読む。これが最高である。理想的な紀行文で、興奮してしまう。武田百合子『遊覧日記』の何かを引き継いでいるような読み味。丁寧で上品なのに、ときおりラフに投げ込まれる一説に背筋が伸びる。

1月7日(日)

じゅんちゃんが午後にマッサージを入れていて、その間のワンオペ時間をどう過ごそうかなと考えていた。妊娠期間中からずっとマッサージに行きたかったらしく、行けばよかったのにと思うが、うつ伏せになれないからさあといっていて、はっとする。ぼくはお金を払ってマッサージを受けたことがないから知らないだけかもしれないが、妊婦はマッサージを受けるべきランキング上位の生き物な気がする。不びんだ。妊婦向けマッサージとかありそうなのに。ただ、あっても、どうしてもリスクを感じてしまうから、リラックスできないのかもしれない。

結局どう過ごすか決められず、イオはビョルンしてじゅんちゃんと一緒に出る。マッサージ屋さんの入ってるマンションの下までついて行って、さて、と思い、一度駅に戻った。ふと、数年に一度くらい、とても疲れた時に飲んだりしていたゴディバのチョコレートドリンクを久々に飲んでみたいと思っていたことそれ自体を思い出し、構内のお店に出向く。チョコリキサーというもので、色んな種類がある。27とか31とか50とか書いてあって、これはカカオの割合のようだった。ホワイトチョコレートのを頼むことにする。

さっきまでがら空きだったのにぼくの後ろに数人列ができ、みんなチョコレート自体を買って帰りたいようだった。店舗スタッフはワンオペで、ぼくのドリンクをつくっている。いい年した男が一人のスタッフを占有して飲みものを作らせているみたいで、居心地が悪いので、つくる工程をじっくり見聞することにする。

ミキサーに氷を入れて、そこにボタン型のチョコレートを掬ってさらさらと入れる。成形されていないというか、素材としての使いやすさにフォーカスして成形したチョコレートだ。素材としてのチョコ。ミキサーにミルクを入れるかと思いきや、入れてないように見えた。氷だけの水分で成立するのかとても不安。

居心地の悪さと不安を無にしようと思って、胸の中で眠っているイオのうすらはげみたいな頭に、ふーっと息をかけ、そのか細い頭髪を波立たせてみる。思いのほか、落ち着くことに気づく。本人は何も気にしていない様子。出来上がって、どこで飲もうかさまよう。駅ビルの上の方、自治体がやっているスペースで飲んだ。記憶よりだいぶおいしくなかった。ホワイトがだめだったかもしれない。けどこの場所はいい。くつろいでるおじさん、試験勉強している若者、買い物の休憩中の主婦、井戸端会議のおばあちゃん。公共の心地のよい部分が集まっている。ベビーベッドのついたトイレもある。