武田俊

2022.2.2

メディア観察日誌 #1|「OHTABOOKSTAND」太田出版

2021年2月1日に太田出版があたらしくロンチしたOHTABOOKSTANDというサイトが興味深い。
Aboutページから一部抜粋。

インターネットが急速に普及した昨今、情報摂取とコミュニケーションのあり方は大きく変化し、価値観は多様化しています。

そんな時代にこそ、現時点ではまだ微かな予兆に過ぎないもの、取るに足らないものとされるものに目を向けることが必要です。それは人を熱狂させるものでもあり、一方で神経を逆なでし、いらだたせるものでもあります。

「根源的」なものに触れた時、人は変わらざるを得なくなります。その目に映る風景はそれまでと異なるものとなり、新たな行動に突き動かされます。

心が揺さぶられ、驚き、それまでの自分ではいられなくなる「挑発的」な表現を届けるために。
太田出版の本棚を日々、更新していきます。

プレスリリースによれば「書籍化を予定するエッセイなどの“読み物”を中心に配信」とのことで、これはとてもよさそうだ。というのも、言わずもがなWebメディアはその特性からニュースメディアとしての向きが強く、短期的に読まれるための記事がメインとなってきた。

そんな場所にここ数年とくに増えてきているのが「近い将来書籍化を狙いたいコンテンツ」を掲載するという例。しかし、前述のメディア特性にフィットしないのか、うまくいかないという話をそこそこ聞く。「いい連載なんだけど、地味なのかWebであまり読まれないんだよね……」と語る知り合いの編集者もちらほら。

そういった状況に平行して目立つのは、著者が自身のnoteなどで書いたものを出版各社が書籍化していくという発展なわけだけど、版元としてははじめの段階から著者と伴走して本を仕上げていくことのほうが、なにかとやりやすいのかもしれない。だからこそ大手はもちろん中堅どころ、とくに人文やカルチャー方面に強い版元が、それぞれ独自のWebメディアを立ち上げて運営するということが増えた。

太田出版の場合すでに「QJWeb」を持っていて、ここにも連載コンテンツは用意されているが、稼ぎ頭となるのは芸能やお笑いに関する記事だと予想できる。あくまで雑誌としてのQJのWeb版、ということもあるからQJ的でないものを掲載するのも違う。そこで「OHTABOOKSTAND」の登場!といったところだろうか。

編集者なら誰でも「まだ世の多くのひとは気づいていないけど、この著者は数年後化けるに違いない!」とか「今はまだ知名度は足りないかもしれないけど、このひとに今こそ本を出してほしい」という書き手が何人かいるはずだ。それを実現させるために別の媒体をつくりました、ということなら、それはとてもヘルシーだ!応援したい。

ひとつ気になるところがあるとすると、シェアボタンを押した際に表示されるテキスト。

「シェアしたい」という欲求は、「ひとこと書いてツイートしたい」ということであるから、ここに感想をつけるだけでよい、という状態に仕上げておけるとよいのではと思う。現状シンプルであるものの、何の媒体の誰の何か、ちょっとわかりにくいかも。

 

書籍化をたのしみに、連載をあじわうということ

で、まず哲学研究者・永井玲衣さんの連載「ねそべるてつがく」を読んでみる。勇気にあふれ、かつチャーミングな書き出しが目に飛び込んでくる

あし、しびれている。 頭の上に空気だまりのようなものがあって、息がしづらく、不快感と粘り気のある吐き気。耳の真横でスマホが叫んでいる。やかましいアラーム音。カーテンから漏れ出る厚ぼったい光、いつかの研究室で嗅いだほこりっぽい本の匂い、哲学はどのようなことに役立ちますか、ぱこーん、ぱこーん、ナイスボールです、グラウンドに跳ね返るテニスボールの音、布製の筆箱の手触りが指にあらわれて、シャープペンシルのひんやりとした質感、よみがえる。

新連載の最初の1行にこれである。1R目、ゴング直後に飛び膝蹴りで飛んでいくMMAファイターのそれが脳裏に映る。これはご本人に伝えたこともあるのだけど、永井さんのエッセイは散文でありながら要所が詩の言語で書かれているなあって思う。それが日常とはちょっと異なる目線で世界を観察し思索を試みる彼女のそれ、なんだろう。

本文中に掲載されている本人による写真もおもしろくて、なにかを見ているようで何も見ていないような視線。脳の大部分が思索に使われながらの遊歩、その途中に目の前に現れていた風景が自動的に撮影された、そんな印象の写真だ。

連載を楽しみに雑誌を読むことが減ってしまった(文芸誌くらいかもしれない)し、Webメディアの場合そもそもそういう期待をしてモニターと向き合うことはなかった。最先端の情報を効率よくせっせと収集し、何かの折にはその話題を繰り出していく。そういうことはもう、いいんじゃないかな。そんな今の気分にこの「OHTABOOKSTAND」はフィットする。本になる日を楽しみに待ちながら、連載を定期的に楽しむ。古くてあたらしいメディア体験である。